1 夏が心を乾かしていく

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 食べかけのハンバーガーをトレイに置くと、怜央は小さな紙コップの水を一気にあおった。  まだ水がほとんど残っている僕のコップを一瞥すると、自分の紙コップだけを持って席を立つ。  教室では、怜央はあまり多く喋るほうではない。  ただ、大人しいとか、暗いとか、そういう言葉とはかけ離れていた。  よく笑うし、ツッコミが秀逸で、必要最低限の言葉で会話を盛り上げる。相手に気持ちよく話をさせるのが上手いのだ。  でもそれは、大勢でいるときに限ったふるまいだということを、僕は知っている。  僕と二人のとき、怜央はよく喋った。 「……怜央のお母さんが文句言ってんの、めちゃくちゃ想像できる」  席に戻ってきた怜央に、僕は先ほどの話題を引き続き投げかけ、怜央が話すのを促した。怜央が楽しく話すのを見るのが、僕にとっての楽しみだった。 「だろ。お前の前でもぶつぶつ言うもんな。『まったくあんたは連絡もしないで(あきら)くん連れてきて……』って。今さら晃のために掃除する必要もないのにな」 「どういうことだよ、それ。怒ったほうがいいところ?」  怜央は口角を上げて笑う。  左のほうが少し高くつりあがる。  それは僕が何度も目にした、怜央特有の笑い方だった。  その唇が紙コップに触れ、喉仏が上下するのを、僕はぼうっと見つめていた。  ひとつのハンバーガーを食べるくらいの短い時間では、たいした会話はできない。  僕は食べ終わってしまったハンバーガーの包み紙のしわを伸ばす。  角と角を合わせ、小さく折りたたむ。  これはもう完全に体にしみついた行動だった。ひとかけらのチョコレートを食べたときも、金色の包装紙を小さくたたんでしまう。  僕がたたんだ包み紙を置いたその横には、テリヤキバーガーであることを示すオレンジ色の包み紙が、ぐしゃぐしゃに丸められていた。  空になった二つの紙コップを持って、僕は席を立った。  安っぽい紙コップはすこしずつしなしなになりはじめていて、キムの「早く帰れ」という年を代わりに伝えているかのようだった。  新しい紙コップも備え付けてはあったが、ハンバーガーを食べ終えた以上、それを使うのはさすがに気が引けた。 「あれ、どっちが怜央のだったっけ」 「あー、右かな。まあどっちでもいいよ。サンキュ」  そんな何気ない一言に動揺するのは、僕だけだ。  この一杯だけ居座らせてください。  僕は心の中でキムにそう告げて、「そういえば今日の数学でさー」と始まった怜央の話に耳を傾ける。  頭の中で、キムが顰め面をする。「どうせ一杯じゃ済まないだろう」、そう言いたげな顔である。
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