1 夏が心を乾かしていく

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「ただいまー」  玄関ではなく、リビングまで進んでから声をかける。リビングに誰もいなかったら、ただいまさえ言わないこともある。  今日は買い物に出ているのか、母さんはそこにおらず、弟の(あさひ)がテレビを見ていた。  見ていた、といっても時間はまだ六時過ぎ。  どのチャンネルも放送しているのはニュースだから、旭はただなんとなく画面を見ているだけなのだろう。  彼が興味のあるのは、お笑いか、あるいはスポーツくらいだ。  そう言うと成績が悪そうに聞こえるかもしれないが、実際には彼は、抜群とは言わないまでも、学年の上位四分の一から転落したことはない。  ーーその点が僕とは違う。 「おかえり。あ、そうだ兄ちゃん」 「なに? 珍しく早いね」  サッカー部で多大なカロリーを消費している弟はだいたい帰りが遅い。  こうして僕よりも先に帰宅しているということは、今日は滅多にないオフなのだろう。  旭は僕の二つ下、中学三年生だ。  小さい頃から負けず嫌いで、年の差があるから仕方ないというのに、兄である僕と同じことをして負ける、というシチュエーションを嫌がった。  だから彼は、僕の所属していたミニバスには入らず、サッカーチームに入った。  おかげでどっちも応援に行かなきゃいけなくて大変だったのよ、と母に後から言われたが、僕に非はない。  そんな彼は今、サッカー部のキャプテンを務めている。 ーーバスケをやめてしまった僕とは違って。  早いね、という僕の指摘にはろくに返事をせず、旭は、「俺、彼女できたから」と宣言した。 「……あ、そう。よかったね」  別にわざわざ報告しなくても。  関係ないことじゃないか。僕には。  内心そう思っていた僕の返事はきっと素っ気なく聞こえただろうが、旭にはまるで気にする様子もない。 「兄ちゃんもさあ、いい加減彼女作れよ。初彼女とは全然続かなかったし、向いてないのかもしれないけどさ」 「うるさいな。お前だってその初彼女と長く続くかわかんないだろ」 「はあ? ひどいこと言うなよな、こっちは今盛り上がってるところなんだから」 「はいはい。部活と受験勉強、ちゃんとやれよ」 「兄ちゃんこそうるさいよ、親かよ。少なくとも部活は俺、兄ちゃんよりもちゃんとやってるから」  痛いところばかりを突かれ、僕は逃げるようにして自分の部屋に入った。
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