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「そっか。彩花ちゃん、相当辛い人生を送ってきたんだね」  別の日。俺はまた外階段の溜まり場で、今度は温かい珈琲を片手に、先輩であり彩花をスカウトした田嶋先輩と話をしている。 「本当は内緒にしておくべきだったかもしれませんけど、俺一人で抱えるのは正直しんどかったので、先輩に話しちゃいました」 「うん。それが正しいよ」  普段は口調が軽く、明るい声質を持つ田嶋先輩も、今日はそれなりにトーンを落として頷いてくれる。 「俊幸くん、彩花ちゃんのことを抱きしめてあげたらよかったんじゃない? 悲しみを共有する、みたいな」  それは、ラブストーリーにありがちな男の行動だ。俺は「それはありえないっす」と真っ先に拒否した。 「それに、俺には美鈴って立派な彼女がいますからね。他の女に手を出す真似はしませんよ」 「なるほど。そこは真面目なんだね。俊幸くんのことだから、掛け持ちくらい余裕かと思っていたけど」 「先輩は俺をなんだと思っているんですか?」 「え、プレイボーイ。もしくは陽キャ。違った?」  田嶋先輩は本気で俺を明るいキャラだと思っているらしい。俺は思い切り手を横に振ってみせ、「ありえないですよ」と言った。 「先輩。もしも俺がプレイボーイだったら、秋葉原のメイドカフェでオムライスなんて作っていませんよ」 「それもそうだね。俊幸くんが陽キャだったら、原宿でカフェでもやっていそうだね」  それは偏見な気もするが、俺はうなずく。 「そんな話はどうでもよくて、本題は彩花です」 「そうだね。彼女をどう慰めるか。そこでしょう?」 「はい。俺、別に女性恐怖症ってわけでもなくて、むしろ女性とはフランクに話せるタイプなんですけど、いざ深刻な話をされると、上手く受け止めてあげることができなくて、曖昧模糊な状態で終わらせてしまうんですよ」 「つまり、俊幸くんは何か慰めの言葉を言いたいけど、思い付かずに有耶無耶になってしまう。そんなところ?」 「そうですね。もし先輩ならどうしますか?」  田嶋先輩は、長く伸ばした艶々な髪を掻き分けて、「そうだねえ」としばし考え込んだ。 「僕だったら、この環境に甘えるように勧めるかな」  しかし、俺はいまいち先輩の言葉にピンと来なかった。 「と、言いますと?」 「彩花ちゃんは、たしかに過去に辛いことがあった。それは変わらない事実だね。だけど、未来はいくらでも変えられるわけじゃん。彩花ちゃんはまだ二十歳。いくらでもやり直せるチャンスはある。だったら、まずは将来どんな人間になりたいのかを考えて、目標を立てる。そして、そこへ向かって歩くために、ここでもう少しだけ働くってこと。未来をより明るいものにするためには、多少なりともお金は必要でしょう。だったら、しばらくは常に『もう少しだけ』って甘える気持ちで働いて、その裏で自分が描きたい未来図の準備をするってわけ」  基本、おちゃらけが入ることが多い田嶋先輩から、こんなにも心臓を突き刺すようなアドバイスを頂けるとは夢にも思っていなかった。俺は肺に溜まったガスを抜くために先輩に話しただけだったが、これは思わぬところに突破口が転がっていた。 「先輩、今の言葉、そのままパクっていいですか?」 「それは、別にいいけど」  先輩はあっさりと了承してくれた。 「ただし、使用料は五千円ね」  無料とはいかなかったが。
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