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別の日。俺と彩花は休憩のために階段の溜まり場に座って、彩花はタバコを、俺はポッキーを咥えている。
「一本ちょうだい」
彩花が言ってきたので、俺は彼女に袋を向ける。
「ありがとう」
ポキポキと折れる音と、サクサクと噛み砕く音が虚しく響き渡る。これほど重苦しい空気の中でポッキーを食べる人間はそうそういない。
「なあ、彩花」
「何?」
「タバコ、一本くれないか? 少し話がしたい」
「別にいいけど」
彩花はケースから一本のタバコを取り出して俺にくれた。
「火、つけてあげるよ」
「サンキュー」
俺が咥えたタバコに、彩花がライターでボッと火を灯す。
「美味いな、久々のタバコは」
俺は思い切り息を吐き、心地が良いくらいの煙を吐き出した。
「今の彼女が嫌煙派なんだっけ?」
「そうなんだよな。まあ、今の時代はそっちが多数派だから仕方がないけど」
俺がもう一回煙を吐いたところで、彩花が俺を見た。
「それで、話って何?」
「ああ、話っていうのは、つまりはお前のことなんだ。これからの、お前のこと」
「わたしのこと。俊幸くんが人のことを話すなんて、珍しいね」
「俺もそう思う。普段は他人に無関心な俺だけどさ、この間のお前の涙を見たら、なんだか切なくなっちまったんだ。やっぱり、女の涙なんて見るものじゃないよ」
彩花は黙ってじっと俺を見つめる。俺を探るように、俺を求めるように。
「それで、俺なりに考えてみたんだ」
「そうなんだ。それは嬉しいけど、あまり期待はしないほうがいい?」
俺は首を縦に振る。
「そうだな。期待が大きいと、その分悲しみも増えてしまう。だから、ちょっとした小噺感覚で聞いてくれたらいい」
「わかった」
「彩花が将来何になりたいかなんて、俺は知らない。それに、どんな未来を夢見ているのか、俺にはよくわからない。だけど、たとえどんな状況でも、今はもう少しだけこの環境に甘えていてほしい。ここでもう少しだけ働いて、その傍で夢を追う、みたいな。とにかく、今はお前を大事にしてくれる人間がいるからさ。田嶋先輩だってそうだし、俺だってお前を大事に思っている。だから、その、別に無理をして新しい行動を起こす必要はないと思うんだ。もう少し、もう少しだけって、甘える気持ちがあってもいいと思う」
俺は昔から不器用な人間だった。だから想いを伝えることが下手くそで、幾度も人生を暗転させてしまった。今回だって、思いの丈を話すことで精一杯で、なんだか説教臭くなってしまったと後悔した。
「ごめんな、突然変な話をして」
だが、俺の隣にいた彩花は、不格好な俺の言葉を飲み込んで、煙にして吐き出してくれた。
「俊幸くんがそこまで言うなら、もう少しここにいるよ。夢とか未来とか、正直全く描けていないけどさ、少しでもわたしの中に生きている理想の自分になれるように、ここで頑張る」
聴き慣れない鳥の鳴き声とともに、前より少しだけ生暖かい風が吹いた。彩花はまた煙を吐いて、空を見上げる。その煙は緩やかに上昇して、澄んだ青空に混じっていった。
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