指の先

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「ほら、あと、もう少しだけ」  これ以上伸ばせないほどに手を伸ばす。指の先だけでも触れられないかと、ぴんと張った腕は悲鳴を上げていた。 「も、もうこれ以上は……」 こめかみから汗が流れ落ちる。もう汗まみれだ。いったいこんなことを何回繰り返せばいいのだろう。何度も失敗して、今度こそはと立ち上がってきたが、私は限界が近いことを感じていた。  疲労のため、私の腕が落ちる。みんなの残念そうな声が決して広くない空間に充満した。 「やっぱりダメかあ」 「今回は行けそうな気がしたんですけどね」 「いや、これまでと何にも変わんないじゃん」  私は冷たい床に転がり、顔を覆って泣いた。私を支えていた男の一人が、私のそばで屈み、優しく声をかけてくる。 「きっと次はできるよ。休んでから再チャレンジしよう」  私は男の言葉に反応できなかった。次はできる? 再チャレンジ? いったい何を思ってそんなことを言っているのだろうか。  私たちがここに閉じ込められてから、あと一時間で一週間が経つ。私たちはお互いを知らず、気づいたらここにいた。私は普通に家で寝ていたはずなのに、目覚めるとここにいて、ダルダルにゆるんだ部屋着が恥ずかしい。しかし、他の人たちも大差ない。唯一、さっき声をかけてきた男だけがスーツ姿だった。  スーツ姿の男は三十代くらい。四十代の主婦は猫柄のパジャマがかわいい。白髪ナイスミドルの着ている縦縞の高級そうなパジャマは何度も洗濯したのか、毛玉だらけである。ナイスミドルはガウンを羽織っていたが、ネグリジェ姿のお姉さんがいたのでその人にかけてあげていた。あとはずっと寝たままのおじいさんがいる。動いていないような気がして怖かったが、スーツが息をしているのを確かめたので死んではいないようだ。  部屋に扉はなく、ポストの取り出し口のような小さな隙間はあるものの、そこから人が出るには狭すぎる。そこからは毎日三食、おいしくもなければ不味くもない食事が人数分支給される。おじいさんの分もあるが、起こしても起きないのでみんなで分けて食べた。つまりおじいさんは約一週間、何も食べずに寝ているわけだが、本当に生きているのだろうか。スーツは息をしていると言うけれど、私には動いているように見えない。かといって自分で確かめに行く勇気もない。こんな空間だが、トイレはちゃんと個室があり、最低限のプライバシーは保たれる。お風呂は残念ながら、ない。  初日の食事が支給されたとき、一緒に一通の手紙が入っていた。スーツがそれを開き、中身を読み上げると、全員から悲鳴に近い声が上がった。おじいさん以外は。  手紙にはこう書かれていた。 『一週間でこの部屋から出ろ。そうすれば望みを叶えてやる。出られなければ、死ぬ』
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