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冬乃ちゃんは曖昧に笑う。私が、彼女――長塚紗枝をひそかにライバル視していることをよく知っているからだろう。
私が見つめる先、丁度長塚さんがスタートラインに立つところだった。小学生離れした長身。長いしっぽのようなポニーテール、抜群のプロポーション。立っているだけで、忌々しいほど絵になる少女だった。バスケクラブのエースだとも聴いている。クラスでもみんなに頼られるお姉さんタイプ、人気もあれば成績もいい、ついでに顔も悪くない。それだけいろいろ持ってるんだから、一つくらい私に譲ってくれてもいいじゃない、とふてくされたくなる。
「その様子だと、タイム悪かったの真希ちゃん?何秒?」
「8秒69……。新記録だけど、思ったほど伸びてない……」
「あー……」
うちのクラスは、足が遅い生徒が多い。というか、女子で8秒台に入る生徒がまず少ない。このタイムならリレー選手はほぼ確約だろうと私が思ったのはこのためである。
「充分早いけど、そういや真希ちゃんは去年も同じクラスだったんだけ、長塚さんと。その様子だと、去年の時点でのタイムにも負けてるかんじか」
「仰る通りで」
パン!と空砲が鳴る。風を切って長塚紗枝が走り出す。他の少女達と比較するまでもない、圧倒的な走りだ。スタートダッシュからもう差がついている。風を切ってというより、もう風の方から彼女を避けていっているようにも見えるほどの走り。長い脚が、綺麗な筋肉が力強く躍動するのが見える。うらやましい。
彼女のタイムは知っている。去年の時点で、8秒3。言うまでもない、小学四年生の女子としては、圧倒的な速さだ。今年は8秒を切るのでは、なんて噂する子もいるほど。間違いなく、我がクラスの五十メートル走のタイム平均を大幅に上げているのは彼女だろう。なんせ、男子でさえ殆どが彼女の足に勝てないのだから。
――私も足、速くなりたいなあ。
まずは8秒台前半になりたい。もっと走り込みの練習を頑張ればいいだろうか、と思う。小学生女子が思いつける“足が早くなる方法”なんて、その程度のものだったのだ。
「まあ、一番になれたら気持ちいいもんね。あたしもそれはわかるよ」
うんうん、と頷く冬乃ちゃん。
「じゃあ、気休めでもおまじないとかやってみる?ていうか、うちの学校の七不思議みたいなやつ。何でも気の持ちようっていうし、不思議な存在の力を借りたと思えば上手くいくような気持ちになれる、かも!」
「え、うちの学校に七不思議なんて古典的なもんあったの?」
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