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「あったらしいよ、あたしも三つくらいしか知らないけど!なんかね、昔誰より足が速くなりたくて練習してた子が、練習のしすぎで心臓発作起こして亡くなっちゃって。その未練から、同じように足が速くなりたい子の願いを叶えるようになったんだって。で、夕方に体育倉庫の裏に自分の名前を書いた紙を埋めて“私は●●です、足を速くしてください”ってお願いすると叶えてくれるらしいよお」
「ふうん……」
なんともありがちな話である。というか、練習のしすぎで心臓発作ってあることなのだろうか、それも微妙だ。そもそも、こういう怪談には幽霊に名前がついているのがテンプレなのに、それも決まっていないあたり手抜き感がすごい。
まあ、覚えておくだけ覚えておいてもいいだろう。頭の隅に、私がちょっとしたメモを取った時だった。
「やめた方がいいよ」
ややどんよりと暗い声がした。思わずゲゲ、と思って振り返る。クラスには何人か、どうしても苦手な生徒がいる。眼鏡に長い前髪の彼女――根津舞子もその一人だった。
とにかくいつもぼそぼそと喋るし、暗いのだ。しかも休み時間には、いかにもオカルトっぽい黒い本ばかり読んでると専ら評判である。
「ね、根津さん、そういうの詳しいんだ?」
無視するのも気まずくて、少しだけ返事をしてやると。根津さんは、その眼鏡の奥からじっとりとこちらを見上げて、告げたのだった。
「詳しくなくてもわかるでしょ。そういうのよくないって」
「そういうの、って」
「その手のおまじないをやるのって、どういう人かわかる?自分の実力で、努力で願いを叶えようって人じゃないの。楽して、神様でも悪霊でもなんでもいいから自分の願いを叶えて貰おうって人なのよ。おまじないが本当かどうかなんて関係ない。そういう、正しい努力もしないで欲望だけいっぱいの人が集まる場所やおまじないって、ろくなことないのよね……」
警告はしたから、と。彼女はそれだけ言って、強引に話を打ち切られてしまった。何だか感じ悪ぅ、と冬乃がぼやいている。私も同じ感想だったが、それよりも気味の悪さが勝っていた。同時に、言い知れぬ不快感も。
――私は別に、努力しないなんて言ってないのに。
ちらり、と見つめた先。待機場に戻ってきて、友人と笑顔で話している長塚紗枝の姿がある。もう息も切らしていない。ちりり、と髪の毛の端を焦がすような嫉妬に、私は無理やり気づかないフリをした。
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