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8秒28。それが、長塚さんのタイムだった。私は遠く及ばなかったわけだ。
悔しくてたまらず、私はサッカー部の練習でも走り込みを積極的に行った。クラブがない日も、家までわざと走って帰ったり、河川敷で少し走りこみをしてみたり、マンションの階段を八階まで登って足腰を鍛えたりといろいろやったのである。
しかし。それから一カ月、二か月と過ぎても私のタイムは伸び悩んだ。
最終記録は、8秒58。一応伸びてはいるが、それでも長塚さんのタイムとは程遠い。8秒台前半に乗ることさえできていない。
――他に、何の取り柄もないのに。
冬乃は、真希ちゃんにもいいところはたくさんあるよ、と言ってくれる。他の友達も、両親も。でも、私は美人でもないしスタイルも良くない、成績も良くないしサッカーだって私より上手い子はたくさんある。何か一つ、誰にも負けない者が欲しいと思うのは間違っているだろうか。そうでなければ、自分自身を肯定できる自信がなかった。そもそもサッカーだって、中学でサッカー部のエースストライカーをやっている兄に張り合って始めたものだったのだから。
生来の負けず嫌い。
イケメンで、運動神経抜群の兄と比べられるコンプレックス。
じわじわと、それでも確実に何かを擦り減らすように。追い詰められつつあった私を、一体誰が責められるというのか。何でもいい。誰にも負けない自信がほしい。長塚さんに速さで勝てれば、自分はもっと自分を好きになれるのに。
――もっとちゃんと、練習もする。だから。
私は、根津さんの忠告を無視した。
自分の名前の書いた紙を体育倉庫の裏に埋めて、お願いをしたのである。
「誰よりも足を速くしてください。一番にしてください」
いるかどうかもわからない“幽霊”に、そう言って手を合わせたのである。
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