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「よし、じゃあ木島、元木、笠松。スタートラインについてくれー。今日もタイム図るからな」
「はい!」
顧問の先生の声と共に。私はサッカー部の木島さん、笠松さんと一緒に五十メートル速のスタートラインに立った。今日は、朝のウォームアップの時から妙に体が軽い。いつもよりずっと良いタイムが出る筈、そういう確信があった。
「位置について、よーい……どん!」
先生のピストルと共に、私は走り出す。瞬間。
――わ、わあっ!?
体が、浮き上がったような気がした。速いなんでものではない。誰かに体を掴んで運ばれているのかと錯覚するほどの速度。一瞬で後の二人を置き去りにしていた。一度地面を蹴るだけで、驚くほど体が進む。これは新記録間違いなしだ、と私は確信した。
――すごい、すごいすごいすごい!こんなに風を切って走ったの、初めて!も、もしかしておまじないをやったせいなのかな!?
素晴らしい爽快感。これは、冗談ではなく世界記録でも出せそうな勢いではないか。私は笑顔でゴールを通り過ぎた。どれほどの記録が出たのだろう。早く聴きにいかなければ――そう思った。が。
「あ、れ……」
しかし。スピードが出過ぎた体は、止まらない。それどころかさらにぐんぐんと加速していくような気さえする。
――な、なんで!?
その時。私の脳裏を、恐ろしい想像が過った。
あのおまじないで、自分はなんと言っただろうか。
『誰よりも足を速くしてください。一番にしてください』
クラスで一番。そう言っておけば、良かった。
でも自分は欲張って、誰より、なんて言い方をしてしまった。その誰より、は。恐らく世界のすべての人間が含まれるのは勿論のこと――下手したら、人間以外の生物も含まれてしまっていたのではないか。
そういえば、この間見た動物番組で言っていたような。
世界で一番速く走れるチーターの最高時速は、時速120キロほどにもなるのだと――。
――うそだ。
次の瞬間。校庭をまっすぐと突っ切った私の目の前に、学校の塀が迫っていた。
時速120キロを超える速度で、どうして止まれるというのだろう。
何かを後悔するよりも先に私の全身はぐしゃぐしゃになって叩きつけられ――全てが真っ赤に塗りつぶされたのだった。
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