連鎖二週目 氷解

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学校に着いてもなぜか友に裏切られた気がしたのと、俺は春希より格下で彼と付き合うための踏み台にされた屈辱で気分がふさんだままだった。 まあ、最近のいつもそんな感じだが。 やはりそんなときは教室の廊下側に居座る天使を見るに限る。 俺の心の安定剤でもあり発奮剤でもある久我山さん。 今日も麗しい後ろ姿。 廊下に太陽が出ているのかと見紛うほど眩く見える。 あぁ、お話してみたい。 しかし、プリントを渡すくらいしか交流がなかった俺が突然お話する機会はあるだろうか? ない。 まず、ない。 この世界では急に異世界から怪物がやってきて、たまたま逃げ込んだ教室に久我山さんがいて二人で協力して怪物を倒すようなことにはならない。 たまたま入った夜の店で学校や親に黙って働いている化粧をして別人になった久我山さんに出会い、その秘密を共有してその後二人共事件に巻き込まれることもないだろうし、今更曲がり角でぶつかることや図書館の本を同時に取ることも考えにくい。 ではどうすれば偶然に頼らず自然に話しかけられるのだろうか。 俺のような身分が下の者が久我山さんという天使に話しかけるには相当の理由がいる。 また消しゴムを転がすか? バカな、教室と端と端でそんな芸当ができるわけがない。 童話のおむすびコロリンではあるまいし。 しかも教室には坂はない。 やはりどこかでリスクを負って話しかけに行くしかない。 ではいつ?どこで? パッと思いつくのは、登下校の通学路、休み時間の教室。 しかし登下校で話しかけるとなると、その後のハードルが高い。 上手くいったとしても、そのあと長い時間一緒に道を歩かないといけない。 果たしていきなり会話がもつのだろうか? 会話のスパーリングもまだしていないのに、いきなり本番で力が出せるだろうか? 出せるわけがない。 震えて終わりだ。 しかも偶然を装って帰り道に待ち伏せしてたんじゃ、どうにもストーカーっぽく思われる危険があり、そうなるともう終戦だ。 では休み時間しかチャンスは残されていないのか。 俺が調べた久我山さんの休み時間の行動パターンは以下の四つ。 一つ目。 周りの席の子と喋っている。 このパターンはまず話しかけれない。 二つ目。 前の授業の復習や次の授業の予習をしている。 これは一つ目よりは話しかけやすいが、勉強の邪魔をしてしまうという点で引け目を感じるので避けたい。 三つ目。 トイレに行って帰ってくる。 時間的には五分程度で帰ってくることが多く、休み時間丸々帰ってこないということはない。 帰ってきたあとは一つ目か二つ目のパターンに移行するので、話しかけるにはトイレに行く途中等の方が自然かもしれない。 それでも難易度は高い。 四つ目。 ボーッとしている。 これが最大のチャンスの気がするが発生率は低い。 良いのは、これをしているときは周りの席の子もいないことが多い。 やはりこのときを狙うしかないか。 しかし、チャンスがきたとして何と言って話しかける? 「勉強教えてほしいんだけど〜」 じゃわざとらしい。 久我山さんが勉強できるキャラならまだわかるが、生憎そういうキャラではない。 「どうしたの?ボーッとして。何か悩み事?相談乗るよ」 なぜ急に姉御肌キャラ。違和感しかない。 「久我山さんって最寄り駅どこ?」 気持ち悪い。 お昼休みに「何食べてるの〜?」 気持ち悪い。 「きゅうりとなすびの曲線美について語らない?」 語らない。気持ち悪い。 「心理テストあるんだけどさ、お風呂入ったときどこから…」 やらない。気持ち悪い。 駄目だ。 自然に話しかける方法が思いつかない。 俺は頭に手を当て塞ぎ込んだ。 「ねぇ、雨降ってきてる〜?最悪だわ」 え? 誰か俺に話しかけている? この声は? 顔を上げると、そこには天使の姿があった。 天気を気にしている久我山さんだった。 「今はちょっと降ってるみたいだけど、帰る頃には止むみたいだよ」 「え?本当?よかったー! 今日、傘持ってきてないんだー。 ありがと、木山っち」 パタパタパタと久我山さんは去っていった。 き、木山っち。 喋れた。 久我山さんと。 しかも、木山っち。 良かった、窓側の席で。 良かった、朝天気予報をたまたま見ていて。 本当に良かった。 これから朝は必ず天気予報を見るようにしよう。 お天気野郎とかあだ名つけられてもいい。 必ず見る。 そして君に天気を伝える。 その後もしばらくは「ありがと、木山っち」の声が脳を支配し続けた。 昼休みも終わり、五限に差し掛かった頃、俺はある決意を固めた。 今日、久我山さんに告白する。 これ以上は我慢できない。 これ以上脳を支配されると、帰り道に信号も認識できないかもしれない。 対向車に向かって歩いていってしまうかもしれない。 命が危ないのである。 そして何よりスッキリしたい。 それに告白に関してはもう慣れっこのはずだ。 幸いにもこの数週間で六回も告白の機会に恵まれている。 自分から告白するのは今日が始めてだが。 でもやり方はわかってる。 人気のないとこに呼び出して、「急に呼び出してごめん」から始まって、少し間をおいて目を見て、下向いて、決意をした表情をして、目を見て自分の思いを告げる。 それだけだ。 俺はそのようなリハーサルを何度も繰り返した。 もしかしたら小声でボソボソ呟いていたかもしれない。 周りの席の子たちがそれぞれ目を合わせあっていたときがあった。 しかしそんなもの俺には見えているが見えていなかった。 「では終礼は以上。 さようなら」 いつの間にか終礼が終わっていた。 なんの特徴もない担任が帰っていった。 さぁ、勝負のときだ。
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