6人が本棚に入れています
本棚に追加
そのとき、前方で歩いている女子がまさに今回の告白連鎖の口火を切った岩崎さんだったことに気付いた。
俺は驚いて首を傾げ、さりげなく歩幅を細かくした。
なぜなら岩崎さんの隣に男子がいたからだ。
彼氏に違いない。
いくら振った相手とはいえ、気まずいことに変わりはない。
すると岩崎さんが突然こちらを振り返った。
反射で目が合ってしまった。
岩崎さんは少し笑っていた。
振った相手への勝利宣言だろうか。
微笑むという感じではなく、口角の片側がゆっくりと上がる「ニタリ」とした薄気味悪い笑いだった。
俺はすぐに目をそらした。
その後もどちらかが話しかけるとかもなく、岩崎さんと隣の男は手を繋いでルンルン気分で歩いている。
俺に見せつけているつもりなのだろうか。
現にそれを後ろから見続けていると、なぜか負けた気分になる。
かと言って目を逸らしてしまえば事実上の敗北宣言だろう。
どちらにしても俺の情けなさが募る。
先々週のあのときはこっちが全てを支配していた立場だったのに。
結局情けなさが積もりすぎて、曲がりたくもない角で曲がってやり過ごした。
自分のちっぽけなプライドと共に道も折れてしまった。
俺は勝負から逃げたのだ。
今まで一度も歩かなかった帰り道を歩く。
この道はこんな家並みが揃っていたのか。
小狭しそうだけどお洒落な雑貨屋さんも見つけた。
それとも小狭しそうだからお洒落に見えるのだろうか。
そうだ、人生は新しい発見の連続だ。
いや、そんなことを言ってる場合ではない。
一人きりは寂しい。
一度きりの高校生活、やっぱり誰かと付き合いたい。
その思いだけが俺を焦がす。
だとしたら、なぜ俺は四人もの女子を振り続けれたのだろうか。
今になって後悔の波が押し寄せてくる。
全てはさっきの岩崎さんを振ってしまったことから始まった。
そして岩崎さんを振ったことでその後に告白された子は、岩崎さんを基準点として比べられる。
そうしないと振られた岩崎さんが、いや、振ってしまった俺が報われないからだ。
誰が言っているんだと思われるかもしれないが、峰さんも、和田さんも、さっきの中西さんも、決して嫌いな顔じゃない。
そもそも顔だけで人を判断することは駄目なことだ。
好感度も下がる。
分かってる、百も承知だ。
だが彼女が一度も出来たことのない俺に、ほとんど喋ったことのない女子の性格の良し悪しなどわかるわけがないだろう?
峰さんも和田さんも中西さんもほぼ交流はゼロだ。
おはようもこんにちはもさようならもない。
近所の犬を散歩しているおばさん以下の交流なのだ。
となると、やっぱり岩崎さんと付き合っておくべきだった。
そうに違いない。
その感情は振った女子が増えれば増えていくほど増幅していき、今や損切りを出来ないレベルにまで達している。
俺はあまり賭け事をするしない方がいいタイプの人間だろう。
きっと一度失敗すると負けるところまで負け、金を溶け切るまで溶かしてしまうに違いない。
だが、後悔と同時にまだ甘い誘惑が芽生えだしたのも事実である。
一気に告白されたこの数週間。
このペースでいけば明日か明後日にでもまた新しい女子に告白されるのではないか?
そしていつの日か想い人のあの子にも。
浴槽から上半身を出し、組んだ両腕の上に顔を乗せながら俺は想いを募らせた。
泡の入浴剤の気泡が俺の視界に入ってすぐ消える。
こんな風にこの想いも消えてくれたらいいのに。
普段気にもかけないお風呂のタイルをじっと眺める。
そういえばモテだしてから行動も変わった。
前は泡の入浴剤なんて入らなかった。
気持ちの変化は行動を変え、そしてそれが周りに伝播し、周りの俺への意識が変わり、そして行動が変わる。
その行動の良い意味での変化で俺の気持ちが変わり行動が変わる。
負の連鎖とはよく耳にするが、正の連鎖とは珍しいのではないだろうか。
俺は僅か、十七歳にして正の連鎖の体現者となったのか。
またもタイルを見ながらぼんやりしていると、突然風呂の扉が開いた。
「うわっ、泡風呂入って目閉じてるよ。
気持ち悪っ」
姉ちゃんだ。
恥を忍んで平静を装う。
「急に入ってくるなよ」
「お前、遅ぇんだよ。
高校二年の分際で泡風呂に一時間半も入ってる生意気なやつ、日本全国見渡しても五人くらいしかいねぇぞ」
「俺一人じゃねぇのかよ」
「日本は狭くて広いんだよ。
私が知らないだけで、あと四人はいるだろ。
でも五傑だよ。
お前は風呂と五傑に入れてるんだよ。
立派だよ、だから早く出ろ」
褒められたのか蔑まれたのかよくわからない気持ちで俺は五分ほど経ってから風呂を出た。
五分あけたのは謎の意地だ。
出ると身体全体が灼熱のように熱い。
身体を冷ますためパンツ一枚だけ履いて、着替えとスマホを持って部屋へいく。
スマホを見ると春希からメッセージが着ていた。
『お前、最近モテモテらしいな』
ふっ、友の嫉妬ほど見苦しいものはない。
春希よ、そんなマインドじゃ女子の気はお前に向かないぜ。
そう送り返そうかと思ったが、やめよう。
今の俺は春希に構ってる暇はない。
そう思いながらスマホをいじる。
次第にくだらない芸能ニュースと味気ない経済ニュースを見て感情も湯冷めしてきた。
春希以外は生きた人から何のメッセージもなく、着ているのは大手フランチャイズからのクーポン付きメッセージばかりだ。
うーん。
暇だ。
やっぱり誰かと付き合っておけばよかった。
この後悔を一日に何度繰り返すのだろう。
逆に彼女たちの嫌なところを考えよう。
そして忘れよう。
岩崎さんは喋りやすいけど、なぜかあまりそういう対象として見れないし、脳があまり考えたがらない。
顔は美人なはずだけど。
あと、付き合ってる友達がなんか恐めな子が多い。
峰さんは目が大きいんだけど、嫌な感じの大きい目なんだよなぁ。
なんか口ではうまく説明できないけど。
あとたしか岩崎さんと仲良いんだよな。
岩崎さんのこと振ったのに峰さんオッケイしたら彼女可哀想だし。
うーん、こんなこと考えるの生意気かな。
和田さんはそもそも一回も喋ったこともないし、顔も体型も普通だし、なぜ告白してきたのかわからない。
でもそれを言えば中西さんも一回も喋ったことがない。
中西さんは、なんか品もあって可愛いんだけど、俺の好きなタイプの可愛さじゃないんだよなぁ。
あと、走り方がなんか気持ち悪かったな。
言いすぎかな、変だった。駄々こねてるような走り方だった。
その印象が一番強い。
そんなの関係ないといえば関係ないけど、あるといえば大ありなんだよな。
待ち合わせのときにあっちが遅れて走ってきたときびっくりしちゃいそうだし。
最初のコメントを投稿しよう!