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言葉足らず
「もしもしおつかれ〜、
今終わったの?
え?いやいや違うよ友達とご飯、
いやんなわけないじゃん、
いつものアイツらとー、
うん、今莉子に送ってもらってるー」
電話越しに薄っすら聞こえた彼氏の声と言葉。
冗談混じりに言ったんだろうが中々の鋭い勘に
思わず溢れた笑みを殺した。
美結は平然と答えるのに必死だろう。
にしても仕事終わりに一々電話するなんて、
偉いというか愛情深いというか、
感謝というか関心というか、
ちょっとめんどい。いや、
遠距離恋愛だとこれが丁度良いもんなんだろう。
二人のいつものルーティーンなのか、
五分も話さない内にやり取りは終わった。
「凄いね彼氏」
「ねー、こういうのだけは鋭いんだよ」
「美結も演技凄かったね、上手だった」
「いや焦ったー、やっぱ隠し事は良くないね」
そりゃそうだ、隠し事は疲れる。
今日だけ、今回だけのイベントだからこそ
演じ切れるし、普段から変な事に労力を
使いたくない。
長い月日をかけてしっかり浮気だの二股だの、
ましてや不倫なんてしてる人らはある意味凄い。
なんて話してる内に、もうすぐ俺の運転で美結の家に着く。
「一応、念の為、家の前じゃなくて
手前ら辺で下ろすでいいかな?」
「めっちゃ用心深いじゃん」
「まぁもしかしたら彼氏がサプライズで家の前に
いて会いに来ちゃった!みたいな」
「いや流石に無いってー!
岐阜だし明日も仕事だもん」
「凄く良い彼氏だからこそだよ、
…何するか分からんし」
「それ褒めてんの?
ヤバい人扱いしないでよ?」
「いや全然褒めてる。彼氏最高。」
美結はお母さんと二人暮らし。
マンション住まいなので、敷地の外の住宅地の
中で下ろす事にした。
「ここら辺でいいかな」
「そうね、ありがと」
「仲良くやんなよ?」
元はと言えば、美結からの電話が始まりだった。
連絡先を消して、電話番号も忘れていたから、
知らない番号からの電話は正直怖かった。
あと電話越しに聞こえる女性の泣き声も怖かった。
「もしもし?あのさ…」
(ん誰?女の人?間違い電話?え泣いてる?)
「もしもし?…あ、お久しぶりです。
鹿野だけど…」
「お、おおう、どうした?」
彼氏と喧嘩して振られそう、本気で振られそう。
どうしよう。
と、俺に電話をかけてしまったそうで。
一番駄目なんじゃない大丈夫?と思ったが、
彼氏と喧嘩して振られそうになってるのは
自分に何か原因があるんじゃないかと、
絶対に別れたくなくて最終手段として、
自分を良く知ってる俺に電話してしまったと。
一通り話を聞いて、結論、
二人は遠距離で電話だけでの喧嘩だったので、
遠距離でもとりあえず直接話せる時間と場所設定して、面と向かって喧嘩したらいいと。
お互い言葉足らずだから、そんな終わり方じゃ
勿体無いよ、とありきたりな助言をした。
そして数日後二人は直接会って話して、
すぐに仲直りしたらしい。
ちょろいなーと思いつつ、彼氏ほんと頼むよと。
まぁ、だからといって何故会食する流れに
なったのかは、なんて事ない。
お互い久しぶりに話してみて、
久しぶりに会ってみる?となったから。
「あのさ、よかったらうち泊まる?」
「いやいや、駄目でしょ、
あと俺お母さん嫌いだし」
「今日お母さん夜勤でいないから大丈夫だよ」
「彼氏怖いから大丈夫じゃないし、
流石に泊まりは俺が説明つかん」
「あ、そうだよね忘れてた」
「せっかく彼氏と仲直りしたんだから、
変な事言わないの」
「うん…ありがと」
笑顔が少し微妙に見えた気がしたけど、
また何か言葉足らずな気がしたけど。
美結はじゃあね、と車を降りた。
この車の助手席に初めて座ったのは美結で、
美結もそう分かっていたと思う。
元々の居場所はもう誰かの居場所で、
十年経っても変わらないその見た目と光景に
名残惜しくなっただけだろう。
そしてそうなった俺だった。
そして最後まで、誰よりも言葉足らずなのは
俺の方だった。
言うべきか言わないべきかずっと迷っていた。
でもこれは言わないで正解な事。
十年前の強引な別れ方、
それによって深く傷付けた事、
別れた理由を美結のせいに思っていた事。
全部俺が偏屈な人間だったから。
だから、ごめん。
なんて言われても言っても今更しょうがない。
住宅地の角を曲がり切るまで、
ルームミラーに映る美結を最後まで見ていた。
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