桜の大入道

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 それは、私の持病が再発して、入院を経て帰宅したのちのことだった。  私はまだよくなっておらず、何かを見ると、脳裏にありえない何かが浮かぶ状態だった。  だが、効くはずだという薬が効かず、他の手を打とうともしない担当医に対して、ストレスを爆発させての退院だった。  ある日、買い物の帰りに近道をした際、前方のハイツの角に腰を下ろしてうなだれる、大入道(おおにゅうどう)を見た。体長10メートルは超えそうな大入道だった。  思わず立ち止まっていると、大入道は私に気づいて言った。  ─── この辺りも、子どもが遊ばなくなった。  私は瞬間的に、大入道に向かってダッシュした。  大入道は慌ててよけた。  かけ抜けた私は、ふり返って笑った。  大入道が喜んだようだったので、そのおふざけはその道を通るたびにくり返された。大入道は力士のような格好で、かまえて待っていることもあった。  ところがそのうち、大入道の姿が見えなくなった。  何度通っても気配すらない。  退院からだいぶ時間が経っていた。  私は妄想が治ったのだろうと思って納得した。  その翌年の春のことだった。  母がこう言った。 「ハイツの桜、今年は見れないわね。」 「え? なんで?」 「掃除や殺虫が大変なのと、もう古くて倒れそうだから危ないって、片付けたのよ。」  奇しくも、桜の樹があったのは、あの日、大入道が座っていた場所だった。  私は「買い物に行ってくる。」と言ってその場所に行った。  大入道は、やはり現れず、芝生に根を掘り起こした跡が残っているだけだった。  偶然だ。  そうわかっていながらも、悲しみがこみあげた。
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