245人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
「なにじゃないよ。体調が悪いのか? それとも…………僕と一緒にいるのはつまらない?」
旦那様が切なげに瞳を揺らした。
(つまらない? どうして?)
「そんなことはありません。この赤い粉はなんですか?」
さっきまで擦り潰していた粉を指して聞いてみる。
いつもだったら、旦那様は喜々として、『それはね……』と教えてくれるのに、今日はその代わりに溜め息をついた。
「興味がないのに聞かなくていいよ。無理して僕を手伝うこともない」
「それでは私のやる仕事がなくなってしまいます……」
「仕事、か……。なにもやる必要はない。お前は侯爵夫人なんだから」
「でも……」
突然唯一の仕事を取り上げられそうになって、焦る。
(どうして急にそんなことを言うの……?)
旦那様は観察するようにじっと私を見て、また溜め息をついた。
その様子を見て、ふいに気がついた。
私は旦那様のお邪魔になっているのかもしれない。
ここに私が居座りつづけたら、旦那様は自由にあの子と会えない。
そういうこと?
それなら早くおっしゃってくださればよかったのに……。
私は慌てて立ち上がった。
「申し訳ありません! お邪魔しました」
ペコっとお辞儀をして、部屋を出る。
「ニーナ?」
旦那様の呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、気のせいかもしれない。
私はここから早く立ち去りたくて、廊下を走った。
あいにくの雨で庭に出ることはできず、自室ではいつメイドや旦那様が来るかわからない。
ひとりになりたくて、屋敷の中をさまよっていると、屋根裏部屋を見つけた。
(こんなところあったんだ)
天井は屋根の形に斜めになっていて、天窓はあるけど、灯りはないので、薄暗い。
なににも使われていない部屋のようで、家具もなく、がらんとしていた。
そこが空っぽな自分を思わせて、妙に居心地がよかった。
(ここなら誰も来なさそう)
壁に寄りかかって座り込む。
膝を抱えて、顔を伏せると、シーンとした静寂が身を包んだ。
(研究にも必要とされないなら、私がここにいる意味はなんなんだろう……)
意味などないのかもしれない。
旦那様は『魔力供給の器』である私を囲いたかっただけ。
最初のコメントを投稿しよう!