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廊下を歩いていると、向こうから旦那様が来た。
研究室以外の場所にいらっしゃるのはめずらしい。
私を見て、なぜか驚いた顔をした。
「ニーナ、うれしそうだな。そんな顔を見たのは久しぶりな気がする……」
「フィードさんにお花をいただいたんです」
旦那様に見せびらかすように花を掲げた。
自然に笑顔になる。
「それはよかったな……」
そう言って微笑んだ旦那様は、なにか気がかりなことがあるのか、いつもの輝くような笑顔ではなく、切ない瞳をしていた。
(どうしたんだろう……?)
首を傾げた私の瞳に、服を整えながら歩いてきたメイドの姿が映った。
私と目が合うと、彼女は婉然と微笑んだ。
パサッ
手から花束が滑り落ちた。
(…………そういうことね)
いつもは出歩かない旦那様。
私に会って、浮かない表情の旦那様。
「ニーナ?」
旦那様が花を拾い上げてくれる。
「申し訳ありません。気分がすぐれないので、失礼します」
私は踵を返して、自室に逃げ帰った。
その日から変わったことが二つ。
旦那様が昼間は私を抱かなくなった。
濃厚なキスはするけど、愛撫しかけては止める。
日中は、あの子を抱いて満たされているのかもしれない。
そう思うとたまらなかった。
メイドは早速「もう飽きられ始めたんじゃない?」とヒソヒソ話していた。私達の様子が筒抜けのようだ。
私は笑顔を貼り付け、無になろうとした。
もう一つは、寝室に毎日花が活けられるようになったこと。
フィードさんが届けてくれているのかしら?
私が目覚める頃には、旦那様はもう起きているから、いつも目覚めるとひとりでベッドにいる。
そこに漂うさわやかな甘い香りだけが慰めだった。
「…………ナ、ニーナ!」
目の前に、心配そうな旦那様の顔があって、目をパチクリする。
「はい、次はなにをしますか?」
旦那様の実験を手伝っていたのに、ちょっとぼーっとしていたみたいだ。
このところ、無の状態を作るのがうまくなって、気がつくと時間が跳んでいる。
微笑みを作って、旦那様の指示を仰ぐ。
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