3.のど飴とサービス残業

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 副部長は、私を少し離れた隣の席に座らせるとノートパソコンを目の前に置いた。  画面には、簡易的な表が作られていた。 「この通りに入力してくれる」  手渡されたA4用紙は、見積書なのだろうか。  商品毎に、複数の価格帯が手書きで記入されていた。  商品数は……100点はありそうだ。 「33行目まで入力してるからさ、30分までに全部終わらせて。先方に送るデータだから」 「はい」と返事をしつつも、パソコンのタスクバーにある時計に目をやると、20時15分。  (あと15分で、60件近くなんて!)  とんでもないパワハラ上司だ!  しかし、この前机を片付けて貰った借りもあるわけだし……。  今さら『できません』なんて恐くて絶対に言えないし……。  あぁ、間に合わなかったらどうしよう!  って、そんなこと考えている暇はない。  恐怖から逃げるように、ひたすら入力に専念した。  隣に座る副部長も、カタカタと慌ただしくキーボードを叩いていて。  時計の秒針と、エアコンの風と、二人の打鍵(だけん)音が交差する。  時折、外から足音が聞こえたが誰もオフィスに入ってはこなかった。  最後の1行の入力を終え、時計を見ると約束の2分前。  なんとか間に合ったのだと、ほっと胸を撫で下ろす。  隣をチラリと見てみると、真剣な表情でノートパソコンをにらみつける横顔があった。 (うぅ…………。声かけずらい)  私は恐る恐る口を開いた。   「あ、あの終わりました……」
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