3.のど飴とサービス残業

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「はや…………」  私の声でパソコンから顔を上げた副部長は、驚いた表情で声を漏らした。  まさか本当に時間までに終わらせると思っていなかったような……。  そんな拍子抜けした反応だった。  (ひょっとして、最初から無理だと思う量を押し付けられてたの?)    そうだとしたら、あまりにも意地悪だ。  副部長は、キャスター式の椅子に座ったまま私の横へとやってくると画面に目を向けた。  その距離が思ったよりもすごく近くて……。  ふわっと副部長の匂いがした。   (煙草と……柔軟剤?)  甘くも色気のある香りがさっきの怒りさえも、ときめきへと変えてしまう。  だが、私の高鳴る胸とは反対に、副部長は淡々と完成したデータをスクロールしていく。  確認が終わると何も言わずに私の使っていたノートパソコンを自席へと運んでいった。   (はぁ……緊張した。って、男性に免疫がないからって、副部長の匂いを嗅いでドキドキするなんて!)    気を落ち着けるために小さく深呼吸をすると、さっきの匂いがまだ微かに残っているような気がして……振り払うように頭を振った。  横目で副部長を見てみると、2台のノートパソコンを忙しなくいったりきたり。 (ここにいても邪魔になるだけだし、もう帰ったほうがいいのかな?)  と……思っても、そんな事を聞ける雰囲気ですらなく。  手持ち無沙汰になった私は目のやり場に困り、遠くに置かれていたホワイトボードの空白を、ただただ眺めていた。
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