3.のど飴とサービス残業

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 一人になると、なぜか一筋の涙が頬を伝う。  メイクが落ちないように、ゆっくりと手の甲でぬぐう。   (なんで泣いてんだろう……)  どんなに怒られても、きつい事を言われても涙なんて出ないのに。  体調が優れなかったせいもあり、ほんのわずかな優しさで。  私なんかを気遣ってくれたりするから……。    すべてが(あふ)れそうになってしまう。    副部長は、ただ風邪をうつされたくなかっただけなのかもしれないし。  散々手伝わせた後に、謝るのはやっぱりずるい。  でもほんの少しだけ、自己犠牲がすぎる私のことを分かってくれた気がして……。  それにしても、どうして体調が悪いことに気が付いたんだろう?  仕事に集中していたせいで、私でさえ風邪を引いている事を忘れていたというのに……。  のど飴を左手で握りしめたままビルを出ると、夏の終わりの涼しい夜風が少し汗ばんだ身体を冷やしてくれた。  あと数分のバスを待ちながら、握った手をそっと開くと、副部長のど飴だった。  なんだか食べてしまうのがもったいなくて、バッグの内ポケットにそっと入れた。  スマホを見ると21時をまわっていた。  いつもなら身も心も疲れきっているはずなのに、今日は心が温かかった。
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