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「あ、あの! 私、本当大丈夫なんで。歩きながらタクシー見つかると思います! あ、それに今日は大きな傘も持ってきたんですよ! なので、本当に大丈夫ですから!!」
手を横にぶんぶん振りながら、自分で何を言っているのか分からなくなるぐらい、慌てて部長に訴えた。
しかし、部長は私の言う事に耳を貸そうとはしない。
「いやー。徒歩で帰るって聞いちゃったからには、そのまま帰らせて事故でもあったら大変だしなぁ? 篠原?」
終いには、にこやかな笑顔で副部長に同調を求め、この件を丸投げしようとしているのだから……。
副部長はあからさまに嫌そうな顔をして、深いため息をつくとスマホをスーツのポケットにしまった。
「送ってけばいいんすか?」
その表情からは、何かを悟ったような諦めさえも感じられたが、口調からは苛立ちが伝わってくる。
(どうしよう…………。また副部長に迷惑をかけてしまう)
こんなことなら地下鉄で帰ります! と嘘でも言っておけばよかった。
「いやぁ!! あ、あの……全然えっと! 一人で大丈夫なので――」
「まぁ、会社は違うけどさ、取引先の大事な社員なんだからー。遠慮しなくていいよ!」
私が言い終わらないうちに、部長は言葉をはさんできた。
こんな私に優しくしてくれるのは、大変ありがたいことなんですが。
部長と別れてからのことを考えると先が思いやられる。
ちらりと副部長の顔を見上げると、さっきよりもずっと不満そうな表情を浮かべていた。
(はぁ…………。どうしよう)
私は生きた心地すらせず、二人のあとをついて歩くと、ビルの裏口から駐車場へ出た。
うるさい程の雨音がコンクリートの壁と天井に反響している。
「お疲れー!! 篠原、安全運転でなー!」
部長は雨音に負けない元気な声でそう言い残すと、反対方向へと行ってしまった。
(これから副部長と二人きりになるなんて……)
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