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夏の大雨は不快なほどジトジトしていて。
スタスタと先に行ってしまう副部長について歩くだけで息があがりそうだった。
駐車場には本日の務めを終えた数十台もの白い営業車がきちんと並んでいて、少し外れにひときわ目を引く黒い車を見つけた。
薄暗い蛍光灯に照らされたその車体は、重々しくも光沢があり高級車であることは一目見てわかる。
やはり副部長が、その車の前に立ち止まると開錠音が鳴った。
私は急いで助手席側にまわると「失礼します」と小さく言ってから静かに座ったのだが……。
(あれ? この匂い…………!)
車内の匂いが私の記憶を一瞬のうちに蘇らせた。
――煙草と柔軟剤の香り
少し風邪気味だっただるい身体で、副部長の仕事を手伝ったあの夏の夜の空気感をはっきりと思い出すことができた。
あの日は、私にのど飴をくれたのに……。
今日はまだ一言も口をきいてくれない。
(って、もうそんな事覚えてるわけないよね……)
副部長が話しかけてくれるのを待っているつもりだったが、この沈黙に耐えきれそうにない。
それに、とりあえずちゃんと謝っておかないと。
私は、恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、ご迷惑ばかりかけてしまって、本当にすみません……」
副部長はおどおどとする私を疎ましそうに見ると、低い声で言う。
「何、隣に座ってんの?」
一瞬理解できず、ぽかんとして思わず副部長を見つめてしまう。
「あっ、え……? えっと。あぁ!! 勝手に隣に座ってしまってすみません。あの、そうですよね。わ、私後ろに座った方がよかったですよね? す、すみません」
すぐに目をそらすと、自分でも驚くほど早口になって弁明する。
(こういう時って助手席に座っちゃだめなんだっけ?)
緊張で鈍った思考をフル回転させていた所為で、シートベルトを締めたまま大急ぎで降りようとしていた。
そんな私を見て副部長は鼻で笑った。
「冗談だよ」
(えっ…………。冗談なんですか?)
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