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イジられることに慣れていない私は、相応しいリアクションが分かるはずもなく……。
ここ数ヶ月で一番必死の愛想笑いをして、その場をやり過ごす事しかできなかった。
やっと口を利いてくれたと思ったら、本音とも取れる冗談って……。
(よっぽど私のことが気に入らないんだろうなぁ…………)
「住所は?」
さっきの一件に取り残されていた私を、その冷ややかな声が引き戻す。
副部長は面倒くさそうにカーナビを操作し始めていた。
「す、すいません。えっと、中央区――」
副部長の入力のタイミングに合わせ、一区切りずつ住所を伝えていくのだが……。
タッチパネルにふれる長い指と、手の甲に浮かび上がった血管に思わず見とれてしまう。
(副部長の手、かっこいいなぁ……。って、こんな時に、考えることじゃないから!)
「何?」
「え? あ、いや。なんでもないです……」
口ごもり、視線を泳がせながら答える私。
再び副部長の手に目を向けることはできずに、手近にあったエアコンの吹き出し口を見つめていると……。
カーナビから所要時間を知らせるアナウンスと重なるように、副部長の声がした。
「エアコン、寒くない?」
「えっ……? えっと、あ、大丈夫です」
事務的で単調な声だった。
きっと営業という仕事柄、さり気ない気配りが息をするようにできるのだろう。
(でも、もしかして……。私がエアコンを見てたから聞いてくれたの?)
私の思い過ごしかもしれない。
それでも、その純粋な優しさがあの日の延長線上にあるような気がして、また淡い期待を抱いてしまった。
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