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最初の信号を右折して、ウインカーの音が鳴り止んだ時だった。
「去年の、忘年会でしたっけ? 酔ってんのに話しかけたみたいで、すいません」
副部長の声は無感情で淡々としていたが、あの日の話を振ってくれた事に嬉しくなった。
(もしかすると、私と話した事を覚えていてくれたのかもしれない!)
あの優しい笑顔はアルコールのせいなんかじゃなくて……。
つい、期待に胸を膨らませてしまった。
「あ、いえいえ! こちらこそホットサンドメーカーありがとうございました」
「ホットサンド?」
「頂いた景品です……」
「あ、そう。俺、ほとんど記憶飛んでてさ。タバコ吸いながら見てた北川部長から、聞いたんだよ」
「そ、そうだったんですね」
(やっぱり、副部長が私なんかにあの笑顔を見せるわけないか……)
本人が覚えていないとなると、あの日起こったこと全ては無かったも同然だ。
悲しくもあったが、副部長への想いを諦めるいいきっかけになれたのかもしれない。
サイドガラスについた雨粒が、涙のように落ちていく。
何も考えたくなくて、ただぼんやりと目で追ってみる。
が、はっと我に帰った。
私情を持ち込みすぎるあまり、今更だが取引先の副部長であることを完全に忘れていた。
ここはやはり、気の利いた世間話の一つでもしなくては!
しかし、会社も職種も違う副部長と共通の話題があるはずもない。
(雑談なんかハードルが高すぎるよ……)
当たり障りがなく、誰も傷つけず、かつ記憶にも残らない話題…………そうだ!
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