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信号が青に変わりゆっくりと車が走り出すと、副部長はわざとらしく尋ねてくる。
「タイピングの速い田中さんは、今日も残業押し付けられたんすか?」
「あ、いや別に。そ、そんなことないですよ……」
「頼み事断れないタイプでしょ?」
「まぁ、はい……」
「風邪引いてても、引き受けちゃうくらいだからね?」
「そ、そんなこともありましたね……」
副部長の目元から感じた優しさは、私の思い上がりだったようで。
相変わらず悪態ばかりついてくる。
「ほんと、お人好しそうだもん」
「そ、そうですかね……」
「残業は二つ返事で引き受けて。何言っても怒んないでしょ? 自己犠牲ばかり払ってたら、都合いいよーに使われるよ」
「お、おっしゃる通りですね……」
副部長からの的を得た指摘に、欠点までもを見透かされているようで、恥ずかしくなる。
だけど、好きでこんな性格になったわけじゃないのに……。
私だってかわいく生まれていれば、自信だって持てるし、誰かに意見することだってできる。
かっこいい副部長には、私の気持ちなんて一生分かるわけがない。
くやしいのに心の中でしか言い返せない自分が情けなかった。
しかし、副部長はさっきとは違った落ち着いた声で呟いた。
「まぁでも、文句も言わずに人知れずやってくれる、田中みたいな奴がいるお陰で、仕事って成り立つわけだし。
田中は田中のままでも、いーのかな?」
(私のままでいい……)
初めて言われた言葉に戸惑ってしまったが、副部長の言葉をゆっくり咀嚼する間もなく、カーナビから到着を知らせるアナウンスが流れると、大通りから脇道へと左折した。
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