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「あ、このマンションです」
私は控えめに指をさし伝えると、副部長はマンションのエントランス前の路肩に車を止めた。
築26年のマンションは雨に濡れ、いつもより古びて見えた。
「あの、本当にありがとうございました」
「どういたしまして」
私を見ようともしない副部長に深々と頭を下げると、シートベルトを外し隣に置いていた傘に手をのばし……って。
(そうだった…………)
いつもと違うドアから出たせいで傘立てに置き忘れてきてしまった。
でもまぁ広い歩道ってわけでもないし、ほんの数秒濡れる程度。
何のためらいもなく私はドアに手をかけようとすると――
「おい! 傘は?」
いつもの低く冷たいものとは違い、珍しく慌てた声に呼び止められた。
(ど、どうしようまた副部長に怒られる)
「あ、あの、傘立てに忘れてきまして…………」
まるで先生に忘れ物でも伝える小学生のようだ。
副部長のわざとらしいため息に顔を上げると、呆れた顔で私を見ていた。
「大きな傘持ってきたんじゃなかったの?」
「す、すみません…………」
身を小さくして謝る私から副部長はすぐに目線を外すと、ゴソゴソと車のドアポケットから何かを取り出した。
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