144人が本棚に入れています
本棚に追加
「返さなくていいから」
そう言って副部長が手渡したのは、折りたたみ傘だった。
持ち手の部分は木製で、黒地にグレーのストライプ。
数百円で売っているようなものとは到底思えず、もし壊してしまったらと考えるだけで冷汗が出る。
「え? あ、いえいえ!! そんな、全然大丈夫です!!」
身振り手振りで一生懸命に断ると、副部長は眉をつり上げてあからさまに不満そうな顔をした。
「いや、俺がせっかく送ってやったのにさ、家の前で濡れたら意味ないから。また、風邪でも引かれたら困るし……」
(あれ? もしかして今私の心配してくれた?)
これ以上遠慮するのもかえって失礼だし……。
神からのお恵みでも受けるかのように、その傘を大事そうに両手で受け取った。
「す。すみません……。あの、この傘は絶対にお盆休み明けにお返ししますので……」
「わざわざ返しにこなくていいから……」
「あ、いえいえ、ちゃんとお返しします! えっと、あの! 本当に今日は送って頂きありがとうございました」
「どーいたしまして」

めんどくさそうに返事をする副部長に「お疲れ様でした」と頭を下げると車のドアをゆっくりと開けた。
大音量で流れるノイズのような雨音にひるみながらも、ワンタッチ式の折りたたみ傘をバサッと開き車を降りた。
最初のコメントを投稿しよう!