9.ミルクティーとクリスマス

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「今から残業?」  伏し目がちに尋ねる姿からは、怒っているわけでも残業の命令でもなさそうで、ほっとした。 「あ、はい……」  とは言え、クリスマスイブに残業だなんて、副部長には知られたくなかったのが本音だ。  どうせまた馬鹿にされるだろうと覚悟して、小さくうなずいたのだが。    なぜか、それ以上は何も言わなくて。  ちらりと見た横顔が一瞬、物悲しそうに見えた気がした。      静まり返った部屋には、自販機のコンプレッサーの音だけが妙に際立って聞こえる。    副部長はテーブルの上のクッキーをちらりと見ると、低めの声で呟いた。   「それ犬用?」 「え? いや、ちがいますよ!!」  苦笑いする私をよそに、今度は品定めでもするかのようにじっと眺める。 「ほねの形のクッキーなんて、好んで買うやついるんですね?」  皮肉っぽく感心する姿は、大変失礼なのだが……。  自分用に取って置いた失敗作を、ほね型だと分かってくれた事に少しおかしくなる。 「これ、手作りなんです」    つい油断して、本当の事を言ってしまった。 「え、田中が作ったの?」    副部長は、目を見開き珍しく驚いたかのように思えたが。  その表情は、次第に薄ら笑いへと変わっていく。   「あ、はい………………」  やっぱり言わなきゃよかった……と口ごもる私を、嘲笑的(ちょうしょうてき)にそして満足そうに見つめると。    悪びれる様子など全くない、涼しい顔で言い放つ。   「俺、手作り苦手なんだわ」
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