9.ミルクティーとクリスマス

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 私はその横顔をじっと見つめ、固唾(かたず)をのむ。    (まずいって言われたらどうしよう……)    不安とほんのわずかな期待が交錯(こうさく)した眼差しを向けていると。  副部長はごくりと飲み込んだあと、振り向いた。    ぱちりと目があって、視線が交わる。    何を考えているのかわからない副部長の表情が、ネガティブな思考へと導いていく。  (やっぱり、私の作ったクッキーなんか口に合うはずないよね……)   『まずい』って言われる前に、謝っておかないと。  そう心に決めた矢先、目をそらされてしまった。    (そ、そんなにひどい味だったって事!?)    喜んでもらえることを期待していたわけではない。  それでも、お菓子作りは私の唯一ほこれるものだったから。    肩を落とし諦めるように、副部長の横顔をのぞき込んで見ると……。  なぜか、その表情は柔らかくて、優しくて――     「ったく、そんな顔で見られたら……。美味しいとしか言えなくなんだろ」   (へ…………!?)    酷評されるつもりでいただけに、いつもよりずっとあたたかな声に心臓が跳ね上がる。 「え……あの! す、すみません!!」  初めて見る表情に、感情が揺さぶられ。  初めて聞く声色に、気持ちが(たかぶ)る。    (私ってば、どんな顔で見てたんだろう!? それに…………。今の言葉は、ずるすぎる)      真っ赤な顔を隠そうとうつむく私に、軽快な音が呼びかける。  ゆっくりと目を向ければ、2枚目のクッキーをサクサクと美味しそうに食べる横顔がそこにはあった。      少し寂しげだった副部長を、笑顔にできたそんな気がして。    幼い頃の夢が、ふいに(よみがえ)る。    (私は、悲しい顔を笑顔にしたくて……。パティシエを目指してたんだった)
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