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副部長は何枚かクッキーを食べた後、ペットボトルに入った紅茶を静かに飲んだ。
「なんで、クッキーなんか作ってきてんの? ここは学校じゃないんすよ、田中さん」
キャップを締めながら、わざとらしく尋ねる声は、さっきとは打って変わって温かみのかけらも感じない。
「わ、わかってますよ! あの、同期の子にちょっと頼まれて……。あ、私、学生の時パティシエの専門学校に通ってまして…………一応」
「へー。まぁ、誰にでも一つぐらい、とりえがあるもんなんすね」
さっき見た優しい表情は、どこへやら。
上から目線で、煽ってくる悪い顔。
返す言葉も見つからず、作り笑いで誤魔化すと。
見下したように私へと向けていた視線が、一瞬落ちた先は腕時計だった。
(あ、もう時間………………)
「じゃあ、そろそろ戻るんで。お疲れ」
「あ、お疲れ様です…………」
すぐに椅子から立ち上がり、背を向け出て行く副部長。
次いつ会えるかもわからないだけに、名残おしいなんて思ってしまう。
きっとそう思っているのは、私だけなはずなのに……。
副部長の左手には、大事そうに持つクッキーの袋が見えたから――
(素直に美味しいなんて、言ってくれなかったのに。持って帰ってるし………………)
静まりかえった部屋でも、波打つ鼓動は収まらず、本日3度目のため息が漏れる。
胸がぎゅーっと苦しくて、それでも心はあたたかかった。
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