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どこかで聞いたことのある心のない声に振り向くと、そこには呆れた顔をした、あの男の姿があった。
(ふ、ふ、副部長!?)
あまりにも唐突で混乱していたせいか「あ、ひゃい!」と反射でおかしな返事をしてしまった。
あの男、いや副部長は、ワイシャツの袖口を肘までまくり上げてから、発泡スチロールでも持つかのように長机をいとも簡単に運んでいく。
急なことにしばらく呆然と立ち尽くしてしまう。
が……、よく考えると、私はクライアント先の副部長に後片付けをさせるなんて、カフェでの一件があったにしろ、さすがに失礼ではないだろうか。
すぐに机を運ぶ副部長の元へと駆け寄った。
「あー、あのご迷惑おかけすると悪いですし……。そ、それに私一人でできそうです! あ、あの大丈夫です……」
私よりずいぶん背の高い副部長を見上げ必死に伝えたのだが、そんな事を聞き入れてくれるはずもなかった。
「椅子でも並べといてくれる」
私の目を見る事もせず、冷たい声で一蹴されてしまった。
「あ、はい!」
逆らうことさえ許されないその雰囲気に、大きな声で返事をするのが精一杯で、それ以上は怖くて何も言えなかった。
いつの間にか副部長は長机を並べ終えていた。
その上、私に任せていたはずの折りたたみ椅子までも机の前に綺麗に配置されていた。
「あの、本当にありがとうございました」
会議室の姿を取り戻した部屋を見て、私は深々と頭を下げた。
「どうも。他は?」
副部長はまくし上げていた袖口を元に戻しながら、淡々と尋ねた。
「あ、えっとはい! これで終わりです」
「じゃ、お疲れ」
それだけ言い残すと、部屋を出て行く。
副部長の革靴の音だけが、いやに耳に響いていた。
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