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「絃様。ご用意が出来ました。」
部屋のそとから佳弥乃の声が聞こえたのは、絃が部屋で、持っていた少しばかりの荷物を整理しているときだった。
「はい。」
絃が顔を出すと、佳弥乃が頬を緩ませた。
「絃様。座敷にて皆がお待ちしております。」
「わ、わかりました。」
返事をして部屋を出る。未だにこの屋敷の広さは皆無だ。
ちゃんとついていかなければ───考えただけでおぞましい。
なるべく距離が離れないように、絃は佳弥乃にくっつくようにして歩く。
「どうかされましたか?」
異様な距離に佳弥乃が首をかしげた。
「迷子になると、困るので。」
絃が苦笑しながら言うと佳弥乃は、なんだそんなことか、と言うように微笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、絃様。迷子になることは絶対にありませんから。」
案ずるな、というようにきっぱりと言われる。
どうしてだろう、と疑問が浮かんだが、それを訊く前に座敷についてしまったようで、佳弥乃が襖の前でピタリと止まった。
「どうぞ。お入りください。」
佳弥乃がすっと襖を開けると、そこにいたのは、紫月と佐伯、その他さまざまな使用人達。
「お待ちしておりました。」
佐伯にならい、使用人達がまたも頭を下げた。
「…ですから、どうかお顔をあげてくださいっ。」
絃が言ってもなお、使用人達は頭を下げたままだ。
やはり、紫月が言わなければずっとこのままなのだろう。
紫月をみると、紫月は小さく息をつき、
「顔をあげろ。」
と言った。
それを聞き、使用人達が顔を上げる。
「ありがとうございます。」
絃がそう言ったところで、佳弥乃が空いている席を示す。
「こちらです。どうぞ。」
そこは、紫月の目の前だった。
こんなところに自分が座ってもいいのだろうか。
訊ねようとしたが、紫月からの無言の圧を感じ、絃は口を結んだ。
ここは静かに座った方がよいと判断をし、絃はおそるおそる席につく。
「よし。ではいただく。」
紫月が食事に箸をつけるのを見てから、絃も箸をもった。
そろり、と煮物を口に運ぶ。
「お、おいしい…!」
あまりの美味しさに、絃の顔がほころんだ。
その様子を見ていた紫月が微笑を浮かべる。
「口に合ったのなら良かった。遠慮はいらない。好きなだけ食べろ。」
「…はい!」
食べ方が汚くならないように気を付けながら、絃は食事を口に運ぶ。
「絃様、こちらもどうぞ。」
佳弥乃がニコニコしながらほうれん草の和え物を置いた。
「いただきます。」
絃は冷えきった心があたたかくなるのを感じながら、夕食を口に運んだのだった。
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