memory 2

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絃様(いとさま)。ご用意が出来ました。」 部屋のそとから佳弥乃(かやの)の声が聞こえたのは、絃が部屋で、持っていた少しばかりの荷物を整理しているときだった。 「はい。」 絃が顔を出すと、佳弥乃が頬を緩ませた。 「絃様。座敷にて(みな)がお待ちしております。」 「わ、わかりました。」 返事をして部屋を出る。未だにこの屋敷の広さは皆無(かいむ)だ。 ちゃんとついていかなければ───考えただけでおぞましい。 なるべく距離が離れないように、絃は佳弥乃にくっつくようにして歩く。  「どうかされましたか?」 異様な距離に佳弥乃が首をかしげた。 「迷子になると、困るので。」 絃が苦笑しながら言うと佳弥乃は、なんだそんなことか、と言うように微笑を浮かべた。 「大丈夫ですよ、絃様。迷子になることは絶対にありませんから。」 案ずるな、というようにきっぱりと言われる。 どうしてだろう、と疑問が浮かんだが、それを訊く前に座敷についてしまったようで、佳弥乃が襖の前でピタリと止まった。 「どうぞ。お入りください。」 佳弥乃がすっと襖を開けると、そこにいたのは、紫月(しづき)佐伯(さえき)、その他さまざまな使用人達。 「お待ちしておりました。」 佐伯にならい、使用人達がまたも頭を下げた。 「…ですから、どうかお顔をあげてくださいっ。」 絃が言ってもなお、使用人達は頭を下げたままだ。 やはり、紫月が言わなければずっとこのままなのだろう。 紫月をみると、紫月は小さく息をつき、 「顔をあげろ。」 と言った。 それを聞き、使用人達が顔を上げる。 「ありがとうございます。」 絃がそう言ったところで、佳弥乃が空いている席を示す。 「こちらです。どうぞ。」 そこは、紫月の目の前だった。 こんなところに自分が座ってもいいのだろうか。 訊ねようとしたが、紫月からの無言の圧を感じ、絃は口を結んだ。 ここは静かに座った方がよいと判断をし、絃はおそるおそる席につく。 「よし。ではいただく。」 紫月が食事に箸をつけるのを見てから、絃も箸をもった。 そろり、と煮物を口に運ぶ。 「お、おいしい…!」 あまりの美味しさに、絃の顔がほころんだ。 その様子を見ていた紫月が微笑を浮かべる。 「口に合ったのなら良かった。遠慮はいらない。好きなだけ食べろ。」 「…はい!」 食べ方が汚くならないように気を付けながら、絃は食事を口に運ぶ。 「絃様、こちらもどうぞ。」 佳弥乃がニコニコしながらほうれん草の和え物を置いた。 「いただきます。」 絃は冷えきった心があたたかくなるのを感じながら、夕食を口に運んだのだった。
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