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「どうしよう…。」
絃は部屋で一人、頭を悩ませていた。
夕食が終わり、お風呂を貸していただくことになったのだが───。
「服がないわ…。」
正確には、着ても恥にならない服、がないのだった。
蘭家では、蘭の者として扱われてこなかったので、きちんとした着物や寝間着を着ることがなかった。
ゆえに、ところどころ破けている着物は数着あるものの、お世辞にも綺麗とは言えないものだ。
ましてや寝間着など、与えられてすらいなかった。
(こんな服で屋敷内を歩かれては、九重さんも嫌に決まっているわ。)
どうしたものか、と絃が一人で考え込んでいると、ふと、部屋の戸が叩かれた。
「絃様。紫月様がお呼びです。」
佳弥乃の声だった。
「はい。」
考えたところで、絃には何の解決策も出てくることはないだろう。
ここは、紫月のところへ行くのを優先させなければ。
佳弥乃についていくと、先程の座敷に案内された。
「失礼します。」
入ると、並んでいたのは、色とりどりの着物。
どれも、絃が都で目にしたような綺麗なものばかりだ。
「これは…?」
呟いた絃に、紫月が顔を向ける。
「こちらで用意したものだ。ここにあるものは好きに使うといい。佳弥乃、どれがいいか、選んでやってくれ。」
「承りました。」
佳弥乃がそう言って礼をすると、紫月は襖に手をかけ、振り返る。
「絃、遠慮はいらぬぞ。」
一言放つと、座敷を出ていった。
後に残されたのは、ぽかんとしたままの絃と、笑顔を浮かべる佳弥乃。
「絃様、お好きな色をお選びください。」
目を丸くする絃に、佳弥乃がにこやかに話しかけた。
絃は視線を下に向け、うつむきがちにぽつりと呟く。
「…やはり、このようなことをしていただくのは、私には勿体ないです。」
「どうしてです?」
佳弥乃が首をかしげた。
「私、九重さんとは今日初めてお会いして。いわば、拾っていただいた身なんです。もともとの家でも使用人のように扱われていて、そんな高価なものを身に付けることができるほどの者ではないんです。」
口にすればするほど惨めさが増す。
ふと、話を聞いていた佳弥乃が口を開いた。
「──実は、紫月様があのような顔をされるのは、初めてのことなのですよ。」
絃は一瞬、佳弥乃が何を言っているのか分からなかった。
目をしばたたかせると、その様子を見た佳弥乃が微笑を浮かべる。
「あまり大きな声では言えませんが、紫月様が女性の方を屋敷に入れられるのは私が知る限りでは初めてのこと。それだけで、絃様は特別な方なのですよ。ですから、何も心配することはありません。」
「でも…。」
「紫月様の大切なお方は、我々使用人達にとっても大切なお方です。」
あたたかみのある声で告げられる。
──ここの人達は、なんて優しいのだろう。
後ろめたさは完全には消えていないが、お気持ちを無下にするのは良くない。
絃は一度深く息を吸ってから、佳弥乃のもとへ近寄った。
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