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「佐伯。絃は蘭の者のはずなのに、酷い仕打ちを受けていたのには何か理由があるのだろうか。」
紫月は書斎にて、佐伯と向き合っていた。
「理由は分かりませんが、相当お辛い過去だということは、わたくしもよくよく分かりました。」
佐伯が顔をしかめながら告げた。
「今日、都で会ったときもそうだった。何かに怯えているような、悲しげな目だった。」
──都で絃に手を差しのべたときを思い出す。
琥珀色の瞳がゆらりと揺れ、瞳の奥に悲しみが見え隠れしていた。
救ってやらなければ。
ただ直感だった。誰かに言われたわけでもなく、気付けば手を差しのべていた。
「紫月様。わたくしが言うのもどうかとは思いますが、絃様の心の傷は、紫月様が寄り添ってあげられることで少しずつ癒えていくと思います。ですから、どうか───」
「分かっている。無論、そうするつもりだ。」
きっぱりと言う紫月に、佐伯は頬を緩ませた。
「では心配ないですね。きっと、御父様と御母様もお喜びになりますよ。紫月様がこのように女性の方を気にかけられることなど、初めてですからね。」
その目にいたずらっぽい笑みを含む佐伯。
「茶化すな。」
「はい、すみません。」
謝罪を口にしてもなお、佐伯の口元はあがっていた。
紫月は佐伯から視線を外し、机に山積みになっている書類に目をやる。
その中にまじっているいくつもの、婚約についての書類。
どれも、両親から送られてきた、九重家に相応しい令嬢との婚約書類だった。
まぁ、紫月はこれまで全て断っているが。
紫月は女性にあまり興味はないが、九重を継ぐ者として、結婚をしないという道はない。
ならばせめて、自分が選んだ者と結婚したい。
決して叶うことの無い淡い期待を抱き、紫月は今日もため息をつくのだった。
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