memory 2

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*** 「──今日もまた怒られて、恥ずかしくないのか?」 冷えきった声が(いと)の耳に届く。 視線を上げると、無表情で絃を見下ろす兄の姿があった。 「お兄、様。」 掠れた声で呟くと、兄はふん、と鼻をならして目を細めた。 「お前は要領が悪いな。」 兄である朝陽(あさひ)は、絃の2つ上で、学歴、容姿、剣技など、全てにおいて完璧だった。 そんな朝陽に両親の期待がかけられることなどは、言うまでもないこと。 ──少なくとも、幼い頃は絃もそれなりに可愛がられていたと思う。 けれどそれは、絃が物心つく前。 物心ついた頃にはもう、絃に向けられる顔は冷たく、少しの情すら感じないものだった。 両親の関心と愛情は全て優秀な兄に(そそ)がれ、絃は家族として見てもらえなくなったのだ。 『いいですね、(あららぎ)様は。優秀な朝陽様がおられるので、将来は心配ないですね。』 『学校1の成績でしたのでしょう。流石、蘭を継がれるお方だわ。』 家で開かれる宴会で、必ず耳にする言葉。 話題にあがって褒め(たた)えられる朝陽と対照的に、絃には刺さるような視線が向けられる。 だから絃は、今でもずっと人前が苦手だ。 周囲の人に自分がどう写っているのか、考えれば考えるほど頭痛がして立っていられなくなる。上手く息ができない。 耳鳴りがして、だんだんと目の前が真っ暗になった───。 *** 「───っ!」 目を開けると、見慣れない天井が絃の目に飛び込んでくる。 「夢…。」 意識していないのに、ぽろりと一粒涙が落ちた。 「ここは…」 そうだった。昨日、九重家の御屋敷にお世話になったのだった。 まだ実感がわかない。 家を飛び出したことも、紫月と出会ったことも。 「絃様、おはようございます。」 ふと、部屋の外から、透き通る佳弥乃(かやの)の声が聞こえた。
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