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「──今日もまた怒られて、恥ずかしくないのか?」
冷えきった声が絃の耳に届く。
視線を上げると、無表情で絃を見下ろす兄の姿があった。
「お兄、様。」
掠れた声で呟くと、兄はふん、と鼻をならして目を細めた。
「お前は要領が悪いな。」
兄である朝陽は、絃の2つ上で、学歴、容姿、剣技など、全てにおいて完璧だった。
そんな朝陽に両親の期待がかけられることなどは、言うまでもないこと。
──少なくとも、幼い頃は絃もそれなりに可愛がられていたと思う。
けれどそれは、絃が物心つく前。
物心ついた頃にはもう、絃に向けられる顔は冷たく、少しの情すら感じないものだった。
両親の関心と愛情は全て優秀な兄に注がれ、絃は家族として見てもらえなくなったのだ。
『いいですね、蘭様は。優秀な朝陽様がおられるので、将来は心配ないですね。』
『学校1の成績でしたのでしょう。流石、蘭を継がれるお方だわ。』
家で開かれる宴会で、必ず耳にする言葉。
話題にあがって褒め称えられる朝陽と対照的に、絃には刺さるような視線が向けられる。
だから絃は、今でもずっと人前が苦手だ。
周囲の人に自分がどう写っているのか、考えれば考えるほど頭痛がして立っていられなくなる。上手く息ができない。
耳鳴りがして、だんだんと目の前が真っ暗になった───。
***
「───っ!」
目を開けると、見慣れない天井が絃の目に飛び込んでくる。
「夢…。」
意識していないのに、ぽろりと一粒涙が落ちた。
「ここは…」
そうだった。昨日、九重家の御屋敷にお世話になったのだった。
まだ実感がわかない。
家を飛び出したことも、紫月と出会ったことも。
「絃様、おはようございます。」
ふと、部屋の外から、透き通る佳弥乃の声が聞こえた。
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