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「準備できたか。」
紫月から声がかかったのは、ちょうど支度が終わった頃だった。
「は、はい。」
緊張で少し声がうわずる。心臓がばくばくと音をたてているのが分かり、絃は顔を強張らせた。
「いってらっしゃいませ、紫月様、絃様。」
玄関で佐伯と佳弥乃が見送りをしてくれる。
佐伯も佳弥乃もにこやかに笑ったまま、一度頭を下げた。
「行ってくる。」
「行ってまいります。」
挨拶をして、屋敷を出た紫月についていく。
カランコロン、と下駄の音を響かせて歩きながら、絃は少し前方を行く紫月を見遣った。
紺色の着物の地に紫色の帯を締め、淡く紫がかる髪を結っている。
さらさらと癖のない髪が揺れ、紫月の魅力をよりいっそう引き出していた。
ふと、紫月が振り返った。
背中だけでも美しかったものを、正面から見るとあまりの美しさに絃は思わず息を呑んだ。
「絃。どこか、行きたいところはあるか?」
「…えっ?」
どうしてだろうか。用があると言ったのは、紫月の方だというのに。
絃が考え込んで沈黙していると、紫月は少し顔を赤らめ、視線をそらした。
「いや、用があると言ったのは、嘘ではないのだが。それよりも、私がお前と一緒に出掛けたかっただけなんだ。」
それを聞いた途端に、絃の頬も赤く染まる。
都世の言っていた『デート』という言葉が頭に浮かび、絃はますます顔に熱が集まるのを感じる。
「だから、今日はその、二人で楽しまないか。」
ふわり、と微笑む紫月に、絃はやっとのことで頷いた。
「では、行こう。」
紫月が絃の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。
二人は肩を並べ、都へと歩いた。
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