memory3

9/13

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
「お怪我はありませんか?」 絃の瞳にはっきりと映ったのは──。 優しく問い、手を差し伸べている、母──幸乃(ゆきの)だった。 その様子からして、きっと絃だと気付いていないのだ。 でも、容易にその手をとることは絃にはできなかった。 辛かった蘭家での記憶が蘇ってくる。 ──怖い。 そう思ってしまった。 「どこか痛いのですか?」 なかなか手をとらない絃を見て、幸乃はまたも問いかけた。 「あ、大丈夫です…。」 震える声でポツリと絃が呟いたその時。 「絃。」 誰かが絃の名前を呼んだ。 「…絃?」 その名前に、幸乃の眉がピクリと動く。 そして、もう一度絃をじろりと見た。 「───っ!!」 幸乃の大きな目がさらに大きく見開かれた。 そして、差し伸べていた手を引っ込め、嫌悪を顔に張り付ける。 気付かれた───! 「あなた、絃じゃないの。そんな格好をしているから分からなかったわ。上等な着物なんて着て。あなたはボロ着でじゅうぶんなのよ。さぁ、家へ帰りましょう。」 力強く腕を引っ張られる。 ──嫌だ。あの家には、帰りたくない。 ただただ、直感的にそう思った。 それだけは、確かに心の中にある絃の思いだった。 「は、離してくださいっ。」 絃が必死に抗議するも、幸乃の力は弱まることなく、強くなっていく。 ついには腕だけではなく、着物や髪まで容赦なく引っ張られた。 糸括(いとくく)りの髪飾りが宙を舞って地面に落ちる。 「──あっ!」 せっかく、選んだのに。買っていただいた、大切なものだったのに。 じわり、と絃の目に涙が浮かんだその時。 「何をしている。」 低く、冷たい声が響き、周りの喧騒が遠くなった。 「あなたは、九重さん!?」 紫月を目にした瞬間、幸乃が目をこれ以上ないほどに見開いて、声をあげた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加