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「絃様をお選びになった貴方様の感覚は、間違ってはおりませんわ!」
勢いよく弥生に言われ、紫月は半歩後ずさった。
「な、なんのことだ。」
「絃様を恋人になされて、正解だと申しているのです!」
「こ、恋人!?」
先程の絃と同じ反応をする紫月を見ながら、弥生はにんまりした。
「いや、ついに九重様にも、奥方が…。しかも、あれほどに綺麗なお方。わたくし、嬉しいのでございます。」
興奮ぎみな弥生に気圧されながらも、紫月はいつものような堅い顔をつくる。
「絃は恋人などではない。断じて。」
「あら、隠さなくともよろしいのですよ。わたくしは分かっておりますから。絃様に向けられる目から、愛がひしひしと伝わってまいります。どうか、お幸せに。」
一気にまくしたてる弥生に冷ややかな目を向けるも、伝わっていないようだ。
「代金は。」
妙な恥ずかしさからか、いつもよりも低い声で問う。
告げられた代金を支払い、店をあとにしようとする。
と、弥生が後ろから声を張り上げた。
「どうかまた来てくださいね!!季節が変われば、つける髪飾りも変わりますから!!」
「ああ。」
一言返事を返すと、紫月は店を出た。
一気に、町の喧騒が耳に飛び込んでくる。
耳を塞ぎたい衝動にかられながら、紫月は絃の姿を探す。
そう、遠くへは行っていないはずだが。
しばらく見回していると、甘味処の前で倒れている絃と、絃に手を差し伸べている者が目に映った。
慌てて近寄ろうとし、絃の顔が随分と青ざめていることに気づく。
まるで、初めて会ったときのような、怯えを含んだ目。
「絃。」
名前を呼ぶと、手を差し伸べていた女の表情が変わったのがうかがえた。
心配したような表情から、嫌悪感溢れる顔にみるみる変わったのが、少し距離のある紫月にも伝わる。
──それに何より、この気配。
絃の方からは確実に、怯えと恐怖が気配に混じり漂ってくる。
一方、嫌悪を思いきり顔に張り付けている女性からは、強い嫌忌と憎悪が感じられる。
あまり、よくない状況なのでは。
「───!」
女性が目を吊り上げて絃に何か言っている。
そしてその直後、女性が絃を掴んだ。
それは腕だけにとどまらず、ついには着物や髪まで。
ぷつり、と何かが紫月のなかで切れた。
ずんずんと二人の方へ向かっていき、躊躇なく言葉を放った。
「何をしている。」
紫月の目に映ったのは、驚愕の表情を浮かべ目を見開く女性と、琥珀色の瞳に涙を浮かべる絃だった。
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