memory3

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*** 「──その手を離せ。」   これまでに聞いたことのないほど冷めた口調で、紫月が言い放った。  絃を掴んでいた幸乃の手の力がふっと緩んだのを感じる。 「さっきから見ていれば、何様のつもりだ。このように痛めつけて。」 凍るような眼差しで幸乃を見下ろす紫月。 視線を注がれた幸乃は、ただただ目を見開いたまま硬直していた。 が、ふと我に返ると声をあげる。 「どうして…どうして九重さんが!?」 母が九重家のことを知っていたことに驚きつつ、自分の知識のなさに絃は心底嫌になった。 名家の名前もろくに言えず、世の中のことを全くといっていいほどに知らない。 宴会の席に参加していない絃には少々仕方のないことだが、だとしても、使用人にある程度のことは聞いておくべきだった。 「手を離せと言っている、聞こえないのか。」 先程よりも表情を険悪にした紫月。 幸乃は怯えながらも、紫月に向かって声をあらげた。 「絃は私の娘です!九重さんがどういうお立場でこの子を守っておられるのかは知りませんが、これは私達親子の問題ですので!」 その言葉を聞き、紫月が目を細め冷笑を浮かべた。 「ははっ、娘、か。お前は絃がどのような格好でこの道にいたか知っているか?ボロボロに傷付いた状態で、今にも折れそうな体で。そのような状態にしたのは誰だ?」 「なっ…にをおっしゃるのです!?九重の(わか)は、他人に『お前』などと言うお方なのですね。美貌で頭が切れて剣技も素晴らしく完璧なお方だと聞いていましたのに、がっかりですわ!!」 頭に血がのぼり真っ赤な顔をする幸乃に対し、随分(ずいぶん)と落ち着いた様子の紫月。 「とにかく、絃は連れ帰ります!」 絃を掴む手の力が再び強くなったそのとき。 「絃、すまないな。」 紫月の声が聞こえたかと思えば、絃の目の前は真っ暗になっていた──。
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