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まもなくして佳弥乃が現れた。
「絃様。お目覚めになったのですね。」
微笑む彼女は、相変わらず美しい。
そう思って佳弥乃を見ていると、髪飾りを持っていることに気がついた。
「その髪飾りって…」
絃が言い終わる前に、佳弥乃が髪飾りをすっと差し出した。
まるで、宝物を扱うような仕草。
「紫月様から、汚れてしまって申し訳ない、と。」
おそらく、紫月が持ち帰ってくれたのだろう。
受け取ると、少し土で汚れていた。
先程佳弥乃が、汚れてしまって申し訳ない、と紫月の言葉を言ったが、謝らなければならないのは絃の方である。
せっかく買ってもらったものを、こんなにも早く汚してしまったのだから。
それに、せっかくの買い物だったのに、母との見苦しい姿まで見せてしまった。
──紫月のことだ。きっと絃が謝っても、なんてことない、と微笑んでくれるだろう。
だが、記憶が途切れる寸前、母が紫月に罵声を浴びせていた気がする。
傷つけてしまったことは明らかだ。
「はぁ。」
深くため息をつくと、佳弥乃は「あら、まあ」と言って首をかしげた。
「どうされたのですか?」
「私、九重さんに迷惑をかけてしまったんです。早くお詫びしなければと思って。」
肩を落とすと、佳弥乃がふわりと笑った。
「紫月様は、もうすぐお帰りになられますよ。今日は、大した用ではなさそうでしたから。」
「…そうですか。」
そう言って、絃は布団から出ると、鏡を見た。
少し乱れた髪を整え、髪飾りを慣れない手つきでつける。
「どう、でしょうか。」
自分でつけると、なんだか上手くつけられていない気がして、佳弥乃に問う。
「お綺麗ですよ。糸括りでしょうか。桜は、紫月様のお好きな花ですので、大変お喜びになりますね。」
「…そうなんですか!?」
桜が、紫月の好きな花だったとは。
『…桜、か。似合うな。』
ふと、紫月の言葉がよみがえり、絃はまた頬に熱が集まるのを感じる。
(何を考えているの。九重さんはお優しいから、お世辞を言ってくださっただけなのに。)
言い聞かせるのに必死になっていると、佳弥乃が眉を寄せた。
「お顔が赤いですよ。もう少し休まれてはどうですか。」
「だ、大丈夫です!ご心配なく…!」
「そうですか。無理はなさらないでくださいね。」
そう言うと、佳弥乃は部屋をあとにする。
絃は紫月の帰りを、部屋で静かに待つことにした。
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