memory 1

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絃様(いとさま)。」 優しい声と同時に、部屋の戸が、コンコンとノックされた。 「はい。」 返事をすると、スッ、と戸が開いた。 「お食事を持って参りました。」 蘭家が雇っている使用人の一人、さゆりが顔を覗かせる。 と、さゆりは、絃の顔をみて大きく目を見開いた。 「まぁ!絃様、その頬は!?」 慌てたようすで近寄ってくる。 「少し、母に。」 絃が目を細めると、さゆりはぎゅっと唇を噛んで俯いた。 「また、ですか。」 その声には、怒りが含まれている。 さゆりは。さゆりだけは、絃の味方だ。 この家で唯一、絃が信頼できる存在。心を許せる存在。 さゆりは、絃に向かって頭を下げた。 「本当に申し訳ございません…。絃様がこのような目に遭っているのに、わたくしは何もすることが…っ。」 最後は嗚咽で言葉になっていない。 いくら絃が酷い仕打ちを受けていたとしても、使用人が当主の妻に何かを言うなど、できるはずがない。 もし歯向かえば、即クビになってしまうだろう。 さゆりがいなくなってしまったら、今度こそ本当に、絃の味方はいなくなってしまう。 それだけは、絶対にあってはならないのだ。 絃は、涙を流すさゆりの肩に手を置いた。 「さゆり、いいのです。あなたが泣く必要は無いと、いつも言っているでしょう。私を思ってくれる人がいるだけで、私は嬉しいのだから。」 「でも、っ。絃様は、蘭家の長女様なのですよ?こんな仕打ちを受けるなど、おかしいです。」 それは、絃も毎日思っていることだ。けれど、きっとこれからもずっと、変わることはないのだろう。 「さゆり、もう、どうしようもないのです。母は、いつになっても私のことが嫌いなようです。特にこれと言った理由がなくとも。」 絃はもう慣れてしまった。 愛されない、この悲しみに。
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