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「着いたぞ。」
結局、足が痛いのは事実だったので、厚意に甘え、男の家へ行くことに…なったのだが。
目の前にあるのは、物語に出てくるような、豪邸というのか、御屋敷というのか。
「ここは…?」
「私の家だ。」
即答され、絃は口を開けたまま、硬直する。
男が敷地に進むと、ずらりと人が並んでいた。
「おかえりなさいませ、紫月様。」
白髪混じりの男性が頭を下げると、それに続けて後ろの人達がどんどんと頭を下げていく。
紫月、というのは、おそらくこの男の名前なのだろう。
「おや、そちらの方は?」
男性は、絃をみて、少し首を傾げた。
「ああ、怪我人だ。手当てしてやってくれ。」
男─────紫月は低い声で言った。
「了解致しました。さぁ、こちらに。」
男性が示す方へと運ばれる。
そして、ストン、と降ろされた。
「では、よろしく頼む。治療が終わり次第、私の部屋に来い。」
「は。」
男性が紫月に頭を下げると、紫月はその場を去っていった。
扉がしまると、男性がこちらに顔を向けて、また頭を下げた。
「わたくし、紫月様の使用人としてこちらで働いております、佐伯と申します。」
「あ、あのっ。」
人に頭を下げられるという経験があまりない絃は、戸惑った。
「私、蘭絃と申します。佐伯さん、どうか頭を上げてください。」
慌てて言うと、佐伯はゆっくりと頭を上げた。
「絃様。治療をしますので、こちらにどうぞ。」
佐伯に促され、椅子に軽く腰掛ける。
「2、3日は痛むかもしれませんので、安静にされた方がよろしいですね。」
佐伯はそう言いながら、絃の足を固定する。
その間に絃は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あの、先程の方はどういった方なんでしょうか。」
「紫月様は、九重家当主様の御子息であらせられます。」
「な、なるほど。」
どうやら、長く続く名家の御子息、つまり、次期当主様らしい。
だから家がこんなにも豪華なのか、と絃は納得する。
「絃様は、お家はどちらに?」
「え、私は…。」
絃は言葉に詰まった。親にもきょうだいにも愛されず、家を飛び出してきた、などと言えるわけがない。
「お答えにくい質問をしてしまい、申し訳ございません。できました。」
沈黙する絃を気遣ってか、佐伯が深く頭を下げた。
悪いのは、佐伯ではない。
ごく普通の質問の返答に迷った、絃が悪いのだ。
「いえ、すみません。」
絃がそう言ったところで、治療の方が終了したようだった。
痛みが完全に消えたわけではないが、確実に、何もしていないときよりも楽になっている。
「ありがとうございます。本当に助かりました。」
絃がお礼を言うと、佐伯は笑みを浮かべた。
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