memory 1

6/8

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/28ページ
「着いたぞ。」 結局、足が痛いのは事実だったので、厚意(こうい)に甘え、男の家へ行くことに…なったのだが。 目の前にあるのは、物語に出てくるような、豪邸というのか、御屋敷というのか。 「ここは…?」 「私の家だ。」 即答され、絃は口を開けたまま、硬直する。 男が敷地に進むと、ずらりと人が並んでいた。 「おかえりなさいませ、紫月(しづき)様。」 白髪混じりの男性が頭を下げると、それに続けて後ろの人達がどんどんと頭を下げていく。 紫月、というのは、おそらくこの男の名前なのだろう。 「おや、そちらの方は?」 男性は、絃をみて、少し首を(かし)げた。 「ああ、怪我人だ。手当てしてやってくれ。」 男─────紫月は低い声で言った。 「了解致しました。さぁ、こちらに。」 男性が示す方へと運ばれる。 そして、ストン、と降ろされた。 「では、よろしく頼む。治療が終わり次第、私の部屋に来い。」 「は。」 男性が紫月に頭を下げると、紫月はその場を去っていった。 扉がしまると、男性がこちらに顔を向けて、また頭を下げた。 「わたくし、紫月様の使用人としてこちらで働いております、佐伯(さえき)と申します。」 「あ、あのっ。」 人に頭を下げられるという経験があまりない絃は、戸惑った。 「私、蘭絃と申します。佐伯さん、どうか頭を上げてください。」 慌てて言うと、佐伯はゆっくりと頭を上げた。 「絃様。治療をしますので、こちらにどうぞ。」 佐伯に促され、椅子に軽く腰掛ける。 「2、3日は痛むかもしれませんので、安静にされた方がよろしいですね。」 佐伯はそう言いながら、絃の足を固定する。 その間に絃は、ずっと気になっていたことを聞いてみた。 「あの、先程の方はどういった方なんでしょうか。」 「紫月様は、九重(ここのえ)家当主様の御子息(ごしそく)であらせられます。」 「な、なるほど。」 どうやら、長く続く名家の御子息、つまり、次期当主様らしい。 だから家がこんなにも豪華なのか、と絃は納得する。 「絃様は、お(いえ)はどちらに?」 「え、私は…。」 絃は言葉に詰まった。親にもきょうだいにも愛されず、家を飛び出してきた、などと言えるわけがない。 「お答えにくい質問をしてしまい、申し訳ございません。できました。」 沈黙する絃を気遣ってか、佐伯が深く頭を下げた。 悪いのは、佐伯ではない。 ごく普通の質問の返答に迷った、絃が悪いのだ。 「いえ、すみません。」 絃がそう言ったところで、治療の方が終了したようだった。 痛みが完全に消えたわけではないが、確実に、何もしていないときよりも楽になっている。 「ありがとうございます。本当に助かりました。」 絃がお礼を言うと、佐伯は笑みを浮かべた。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加