memory 1

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コンコンと(とびら)ががノックされた。 「佐伯(さえき)さん、よろしいでしょうか。」 女性の声が聞こえた。 「どうぞ」 佐伯が返事をすると、扉が開き、着物に身を包んだ綺麗な女性が現れた。 「紫月(しづき)様がお待ちになっておられます。ご案内しますので、準備が出来次第、おっしゃってください。」 そう言って床に手をつき、美しい座礼をする。 (いと)は佐伯を見た。 佐伯が女性に指示を出す。 「終わりましたので、紫月様のお部屋に。」 「承りました。では、絃様。」 「は、はい。」 この家で迷子になったら、きっとぬけ出せないのだろうな、と思いながら、どこまでも続く廊下を女性と一緒に歩く。 と、女性が口を開いた。 「絃様。わたくし、佳弥乃(かやの)と申します。どうぞ、よろしくお願い致します。」 凛としていて、心地よい響きの声は、聞いていて全く不快(ふかい)にならない。 今まで浴びせられていた罵声や怒声との違いに、思わず涙が出そうになった。 「い、絃様?す、すみません!そういうつもりではなかったのですがっ…。」 その様子を見て、佳弥乃が慌て出す。 「ち、違うんです!ただ、嬉しくて…。」 「え?」 「私、家族からそういう、優しい声を聞いたことがなくて。だから、あまりの違いについ…。」 「そう、だったんですか。それは、辛い過去をお過ごしだったのですね…。」 話していると紫月の部屋の前に着いたようだ。 佳弥乃が扉をノックした。 「紫月様、佳弥乃でございます。絃様をお連れしました。」 「入れ。」 一言返答があった(のち)、佳弥乃がガチャリと扉を開けた。 そして絃に、部屋に入るように(うなが)す。 「では、わたくしはこれで失礼します。」 絃が部屋に入ったのを見て、佳弥乃は一礼をして扉を閉めた。
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