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memory 2
「今日から絃は、この屋敷で過ごすことになる。丁重にもてなせ。」
大広間にて、紫月が指示を出すと、使用人たちが頭を下げた。
その中には、佐伯や佳弥乃もいる。
「あ、あのっ。そんなことしていただけるような立場ではないのでっ。」
絃は慌てて、隣にいる紫月を見上げた。
急に現れ、図々しく屋敷にあがった者に頭を下げるなど、皆したくないはずだ。
それに、絃自身も慣れていないので、どうしたらいいか分からなくなってしまう。
「皆さんに顔をあげてもらってくださいっ。」
「なぜだ。」
紫月の眉間にしわが寄る。
「私は、頭を下げてもらう価値などありませんので…とにかく、お願いしますっ。」
絃が頭を下げると、紫月は不服そうにしながら、全体に顔をあげるように指示した。
「ありがとうございます。」
絃はほっと息をつく。絃の横で、紫月も小さく息をついた。
「以上で話は終わる。夕食の用意をしろ。」
紫月の言葉をきき、正座していた人たちは皆、部屋を出ていった。
「もうすぐ夕食にしよう。絃は部屋でゆっくりしているといい。また呼びにいかせる。」
紫月がこちらを見ながら、先程使用人たちに指示を出していたときからは想像できない、優しい笑みを浮かべている。
「あの、私も何か、お手伝いさせてください。」
絃が言うと、紫月は首を横に振った。
「いや、その必要はない。全て、使用人の仕事だ。」
本当なら絃も、家事や料理、洗濯などは、全て使用人たちにやってもらう立場だった。
けれど、蘭家での扱いは、使用人以下。
長年そのような仕事を行ってきた絃にとって、何もしないで居座ることの方が難しいことだった。
それに絃は、九重家の者でもなければ、紫月の何ということもない。
つまり、大事にされる必要がないのだ。
むしろ、住まわせてもらう側だから、立場は使用人の方々よりも下だ。
「私はここにおいていただく身ですので。」
絃が言うも、紫月は依然として首を横に振る。
「絃、これは命令だ。とりあえず今日は、ゆっくりしていろ。明日からのことはいずれ考える。」
切れ長の目に見据えられて、絃は少し縮こまった。
「はい…。」
そこまで紫月が言うのであれば、あまり反論しすぎるのも良くない。
絃は渋々、いうことを聞くことにする。
「部屋でゆっくりしていろ。佳弥乃、絃を部屋へ。」
「かしこまりました。」
いつの間にか、出ていったはずの佳弥乃が部屋のすみで正座をしていた。
「では…すみません。」
絃は紫月に一言そう言うと、佳弥乃と部屋をあとにした。
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