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凛太朗からの猛アプローチに真由美は困惑していた。
なんのとりえもない私に近寄ってくる凛太朗を信じ切れずにいた。
同期の成美や好子に相談すればアドバイスをもらえるけど、相談できずにいた。
もう一度、あの怪しい占い師を訪ねようと思った。
残業の後、あの場所に行ってみると、あの夜と同じ場所で黒い服に身を包んだ占い師がいた。
「私のこと覚えてますか?」
占い師の前まで行き、真由美が問うと
「あぁ覚えてるよ。めぼしい人には逢えたかい?」
占い師は、うっすらと口元の端を持ち上げて言った。
「出逢ったんですが…迷っているので相談に来ました」
「そうなんだね。アドバイスをしてあげたいけど、自分で決めるのが一番だよ」
「分かっていますが誰にも相談できなくて。
一流企業に勤めてるし、格好いいし…私には もったいないくらいの人なんです。
…でも何か引っかかるんです」
涙ぐみながら真由美が訴えると、占い師は優しい目になった。
「何がひっかかっているんだろうね」
遠くを見ながら意味ありげに言った。
「実は、もう一人気になる人がいるんです」
真由美は、職場の小崎倫哉の話をした。
小崎倫哉はデザイン科の社員で、
身長はひょろっと高く181㎝。
しかし、猫背のため実際よりは小さく見える。
髪は天然パーマなのかくるくる毛で、メガネと
顔の半分まで覆う前髪で、どんな目元なのか
どんな顔なのかも分からなかった。
プロジェクトで倫哉の先輩と組んだいたが、その彼が
体調を崩したため倫哉が代わりに担当となった。
最初はたくさん話すこともなく表情も分からないので、
コミュニケーションの取り方が難しかった。
途中入社で幼い印象だったので年齢は分からなかったが、
同じ年齢だと分かったのも大きく、次第に打ち解けていった。
すごく優しいわけではないが、ここぞという時に助けてくれる人。
絶対にもてないタイプだし、自分が好意をもつ
なんてないと真由美は思っていたのに、なぜか
魅かれていた。
「まだどちらかと付き合っているわけではありません。
ただ誠実に向き合いたいと思ってるんです。
どうしたら決心できますか?」
真由美が問うと
「じゃあ、相手の気持ちが目に見えたら決めれるかい?」
目を伏せたまま占い師は言った。
「そんな方法があるなら教えてください!」
すると、占い師は暗闇から小瓶を出してきた。
そこにはピンク色のキャンディーが3個入っていた。
「これを舐めると相手が思っているあんたに対する愛情度
が分かるよ」
「え?そんなものがあるんですか?」
「信じるも信じないもあんた次第だよ。いるのかい?
いらないのかい?はっきりとおし」
腹の底から出したような低い声で占い師は言った。
「もちろん信じます。ありがとうございます!」
にわかには信じきれない話だが、真由美はそう言うしかなかった。
後日、彼と食事をする前にキャンディーを舐め、待ち合わせ場所に
向かった。
先に来ていた彼の胸に100という数字が光っていた。
食事の間もその数字は消えなかったが、30分後には何も見えなくなった。
その日、凛太朗と結婚を前提としたお付き合いをスタートし、半年後に二人は結婚した。
凛太朗と結婚し、鴨居真由美になって10年。
子供も女の子と男の子を授かり、真由美は幸せ
な毎日を過ごしていた。
彼は出会った頃と同じように優しく、子供
たちの面倒も見てくれて理想的な旦那である。
しかし、真由美は違和感を感じていた。
満たされた生活もできているけど、凛太朗の様子がおかしい。
最近、飲み会だと言って遅く帰ってくるにも
関わらず酒の臭いよりも香水の香りがする
ことが続いていた。
浮気?心がざわざわする。
キャンディーはあと2つ。
私への愛情を確認するために使ってみるしか
ないわね。
真由美は決心したのだった。
キャンディーが入った瓶を手に持ち、じっと
見つめていた。
凛太朗と付き合うことを決める時もこのキャン
ディーのお世話になった。
"あの時小崎倫哉にも使っていたら、彼の私への愛情はいくつだったんだろう。
試してみたらよかったのかな”
真由美は結婚が決まってすぐ退職したので、倫哉にちゃんとお礼を言うことなく時が過ぎていた。
自分で決めた道だから後悔はない。
けど、最後に会った時の倫哉の目を思い出していた。
彼の目の奥に一瞬見えた寂しそうな色を。
久しぶりに凛太朗が早く帰宅した日、真由美は怖々と
キャンディーを舐めた。
”もし私への愛情が0だったらどうしたらいいのかしら”
キャンディーを寝室で口に含み、リビングにいる凛太朗の元に行った。
子供たちとゲームをしている彼の胸には100という数字がくっきりと浮かんでいた。
”はぁ良かった"
膝から崩れ落ちそうになるのをぐっと踏ん張り、子供たちが
ふざけて変な顔をしているのを見て、一緒に笑いあった。
”私の選択は間違っていなかったのね。
良かった"
真由美はいつも通りの優しい笑顔になった。
鴨居凛太朗は、妻の真由美の笑顔にほっとしていた。
家庭になんの不満もないし、子供たちもかわいい。
家庭的で三歩下がってついて来てくれる真由美を愛しいと思う。
浮気している今も結婚前から彼女に対する愛情は何も変わらない。
自分でもどうしてなのか分からないと思い街を歩いていた時、変な女に声をかけられた。
「あなた、悪いことをしてるわね。けど、これを胸に塗っていれば
家庭に波風を立たせることがないわよ」
と渡されたのは小瓶だった。
渡してきた女を見ると、黒いベールを頭からすっぽりとかぶり黒づくめの服装。
やましい心の凛太朗は反射的に受け取った。
小瓶に目を取られていた隙に女はいなくなっていた。
それ以来、毎日一滴ずつ胸に塗っている。
よく分からないが、真由美の様子を見ていると効果はあるようだ。
家庭を守るにはこのくらいしないとな、にやりとした凛太朗だった。
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