偽りの旅路で

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 女騎士が上手く男性を演じていると思っていたら本当に男性で、しかも夫になるひとだったとは。  消沈した騎士を前に、ユーリアは未だ混乱中だ。  慰労に訪れた際、遠目に見かけた筋肉質な男は弟らしい。補佐役だと思っていたほうが、どうやらレアだったようだ。  なんという勘違い。異国の戦士の顔など誰も知らないがゆえに起こったズレだ。  手違いといえば――。 「最初から、わかっていたんですか。私がフリエラお嬢様じゃないって」 「そりゃ顔が違うから」 「ではなぜ……」  偽物だとわかっていたのなら、迎えにきたときに断罪すれば済む話。どうしてこんな回りくどいことをしているのだろう。 「偽物じゃない。俺は最初から、ユーリアを貰い受けるつもりだったんだから」 「一介のメイドに過ぎない私を?」 「メイドじゃないだろう。君だって伯爵家の娘だ」 「名ばかりの存在です」 「それでもいい。だってそのおかげで君を見つけた。あの邸で君を見かけたときは、心臓が止まるかと思ったよ。住民に話を聞いた。あの娘はこの村出身で、幼いころは住んでいたと。間違いないと思った」  さっきから何を言っているのか。眉をひそめるユーリアを見つめ、レアは笑みを浮かべる。 「あの村は祖母の故郷なんだ。何度も行ったことがある。君は覚えていないかもしれないけど、一緒に遊んだことだってあるんだ」 「もしかして、村長のお客様の……?」  その言葉に瞳を輝かせた顔を見て、遠い記憶が開く。  都よりも、外国から来る客人のほうが多かった国境沿いの村だから、誰それの親戚が年に一回やってくるといった事態も珍しくなかった。  異文化交流はお手の物。子どもたちにとっても同様で、むしろ外からの情報を楽しんでいたものだ。  村長の縁戚に、とびきり可愛い子どもがいたことを覚えている。まるでお人形のようで、たしか名前もドールといって。男の子たちがからかっているのをみかねて、口出ししたような気もしてきた。 「人形(ドール)の中でも希少(レア)だなんて、とびきり素敵なことじゃない。君はそう言った。武人の家系に生まれたのに女みたいな顔をしていて、期待外れだって言われ続けてきた俺は、その言葉にどれだけ支えられてきたかわからない」  一年に一度だけ。顔を見ることができる異国の少女。名はユーリア。  けれど、いつしか彼女は姿を見せなくなった。母親が亡くなって、父親の元へ行ってしまったと聞いて、落胆した。  戦場となった地で、彼女を見かけた。伯爵家の娘として引き取られたものの、あまり良い扱いをされていないらしいと聞き、心は決まった。  彼女を救おう。この村に返したところできっと意味はない。ならばどこか別の地を用意しようか。それならば自国のほうが目が届く。  そう口走るレアに、高齢となった彼の祖母が言ったらしい。  ――あらあら、まるでお嫁さんを貰うみたいねえ、レア。 「息が詰まって、ああそういうことなのかと、やっとわかった。だから、父を通じて申し入れをした。でも気づけば相手はフリエラという娘になっていて、焦って。だけど、結果的にあそこには君がいた」  呆然とするユーリアの手を取り、レアンドルは麗しい尊顔で(こいねが)う。 「到着まで時間はある。それまでに、俺との未来を考えてくれないか」  そう言われたけれど、ユーリアの心はすでに走り出している。  馬車の振動より跳ね上がる鼓動をどうにか抑えながら、口を開いた。
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