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自嘲とともに俯くと、フリエラに合わせて染めた髪が視界に入った。窓から射す光に照らされた一筋が輝くのが見えて、染め直しが必要だと独りごつ。
宿は常に一室を与えられている。染粉を使うところを見られることもない。
慣れないといえば、瞳の色を変えるために入れてある色ガラスだろう。変装用に使われているそれは数が少なく、伯爵家もかなりの金額をかけて用意したと聞かされた。ユーリアが数年休みなく働いても稼ぐことができないぐらい高価な品が目に入っていると思うと、恐ろしくて仕方がない。まばたきひとつに気を使う始末だ。
馬車での移動を始めて――レアとふたりきりで過ごすようになって、そろそろ一週間。
最初は緊張していたけれど、彼女の提案により「騎士と村娘」として芝居をするようになってからは、だいぶ気楽になってきた。
貴族令嬢としてではなく、素のユーリアとして会話ができることで忘れそうになっているが、今の姿は偽りなのだ。旅路における娯楽。戯れに過ぎない。あちらに着いて、結婚生活が始まってしまえば、元に戻る。
いや、ユーリアにとっては、今のほうが本来の形に近い。この先に待っている生活のほうが偽りだ。
そして偽りの時間は、死ぬまで続く。嘘は馬車とともに、すでに走り出してしまった。取り返しはつかない。
「気分が悪くなった?」
「いえ、平気です」
顔を上げようとして、膝の上に光るものに気づいた。
(……色ガラス!)
俯いているあいだに、目から零れ落ちてしまったか。慌てて拾おうとするけれど、壊れやすいのだと脅されたことが頭をよぎり、手の動きが緩慢になる。
それを体調不良と取ったのか、レアが座席から立ち上がり、ユーリアの隣に腰かけた。
「吐き気があるようであれば、気にしなくていい。長時間揺れていると、時折そういうことがあるんだ。もう少し行ったところに小さな村があるはずだ。そこで休憩を」
「お気遣い、ありがとうございます」
顔を見られまいと、拳ひとつぶんほど距離を取るけれど、レアは空いた距離以上のものを詰めてきた。そしてあろうことか、こちらの顔を覗きこもうとするのである。
駄目だ。今は駄目だ。瞳の色が違うことが知られてしまう。それどころか、こんなに近くに寄ってしまえば、髪に違和感があることにも気づかれてしまうかもしれない。ああ、こんなことなら横着をせず、昨晩のうちに髪を染めておくのだった。
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