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 雅彦は製本工場に毎日勤務していた。  人が介するのは稼働している作業は機械の保守点検や調整、本の検品をする程度しかない。作業は単調だったが、雅彦は飽きもせず作業をしていた。  製本業は出版不況のあおりで、普段請け負っている学校や公共機関だけではなく、際どい服装をした美少女のイラストが一面に載った自費出版の製本も受け入れていた。  雅彦は本を眺めた。表紙に載っている美少女のイラストはコンピューターで作画しているため、線や塗はまとまっているが肉付きや格好、アングルが大きく崩れていた。体が大きくねじれているイラストもあった。崩れたイラストを見ていぶかしげな表情をし、製本を終えた本を確認した。  壁にかけてある時計が5時を示した。  ブザーが壁に設置してあるスピーカーから鳴り響いた。  雅彦は作業を終えた。  整理を終えてこん包した本はパレットにまとめて積んであり、フォークリフトで外へ運び出していた。  雅彦は機械のスイッチを止めて点検した。以上がないのを確認し、一息つくとロッカールームに向かった。  ロッカールームはゆがんだロッカーが詰まって置いてある。仕事を終えた同僚達が着替えていた。  雅彦は自分の名札がついたロッカーに向かい、作業服から普段着に着替えた。  同僚の秋元は、着替えを終えると雅彦に近づいた。「石川、ちと話があるけど、いいか」雅彦に話しかけた。 「用か」 「前からなんだが、知り合いで集まってご当地ヒーローのプロジェクトを立てて準備をしているんだ」 「うちの会社でか」  秋元は首を振った。「いや、有志でだ。会社を立てて運営する予定だ」秋元は雅彦に説明した。 「お前の担当は」雅彦は秋元に尋ねた。 「俺は手伝いだよ。お前は絵が描けるだろ。だからヒーローのデザインをやってくれないかなって」  秋元は壁に貼り付けてある広報ポスターに目をやった。広報ポスターは写実な花畑のイラストで、下に雅彦の名前が書いてある。  雅彦は気難しい表情をした。「他に頼んでないのか」  秋元はため息をついた。「伝を頼ったんだけど、女はいいが野郎の絵は書きたくないって言い出してよ」  雅彦は適当に相づちを打った。 「小遣い位だけど出すよ」秋元はカバンからチラシを取り出して雅彦に差し出した。  雅彦はチラシを受け取った。 「進んでいるのか」 「下準備なら少しずつ進んでいる」  雅彦は着替えを終えた。 「やるなら話は付けておく」  雅彦はチラシを眺めた。チラシにはヒーローのプロジェクトの内容を書き込んでいて、フリー素材の変身ヒーローのイラストが参考に添えてある。折りたたまずにカバンに放り込んだ。「気を使うな、自分で連絡する」ロッカーを閉じて外に出た。  外は明るかった。シャッターの閉まった工場と3階建ての住宅が建ち並んでいた。工場の前ではこん包した本を停車しているトラックへ運ぶフォークリフトが道路を行き来している。  雅彦は住宅街に入り、集合住宅に着くとドアを開け、居間に来た。  息子の洋介がテレビに映る変身ヒーローを見ていた。 「宿題は」雅彦は洋介に尋ねた。  洋介は雅彦から目を背け、意識をテレビ番組に集中した。 「洋介。聞こえているんだろ、返事をしろ」雅彦は洋介に向かって大声を発した。  洋介はテーブルに置いてあるテレビのリモコンを手に取り、スイッチを押した。テレビとビデオデッキの電源が同時に切れた。「やるよ」自分の部屋に向かった。  雅彦は書斎に向かった。  書斎は片付いていてる。部屋の隅にある本棚には絵に関する資料があり、隣には絵を描くための机がある。  雅彦はカバンからシワだらけのチラシを取り出した。シワを伸ばし、示してある住所を確認した。脇に書いてある代表者の名前を見て、一瞬顔をしかめた。高島菜生と書いてある。小学校時代の同級生の名前だ。本棚の隅に目をやった。数ページしかない雑誌の付録を並べた棚で、背が剥がれかけた大学ノートが本に紛れて挟まっている。大学ノートに手をかけて取り出すにも、手が震えた。ノートを手に取るのを止め、チラシに書いてある電話番号をスマートフォンに打ち込んだ。
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