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 休日になった。  雅彦は着替えを終え、カバンを持って居間に出た。  居間に洋介の姿はない。ビデオデッキの電源ランプが代わりに点灯している。時計に目をやった。午前9時を示していた。外に出て大通りをまたいで隣町に入った。  隣町は真新しい建物が建ち並んでいる。区画の隙間にある公園で子供達が遊んでいた。  雅彦は公園で遊んでいる子供達に目を向けた。  洋介は子供達のグループに入っている。  雅彦は洋介のグループが気になり、足を止めて眺めた。  子供達は体格に不格好な玩具の小銃を構えて洋介を追いかけている。  雅彦は子供達の元に乗り込んだ。「おい、お前ら」  子供達は一斉に足を止めた。洋介も足を止めた。  雅彦は子供に近づいた。「お前ら、大勢で銃を向けて楽しんでるのか」低い声で子供の一人に尋ねた。  子供は何も言わなかった。  雅彦は子供が持っている小銃を取り上げた。「答えろ」  子供達は黙っている。  雅彦は子供達に苛立ち、足元に銃口を向け、引き金を引いた。何も反応がない。  子供達は雅彦が小銃の扱いに戸惑っているのを見て、笑いをこらえた。洋介も子供達と共に笑いをこらえていた。  雅彦は子供達の反応に怒りがわき、小銃を地面にたたきつけた。小銃は地面に当たり、軽い音を立てた。  子供達は表情を固くして、たたきつけた小銃に目線を移した。 「いいか、二度と俺の子供と遊ぶな、見つけたらタダで済まさん」洋介の頭をつかみ、公園の奥に連れて行った。  子供達は雅彦がたたきつけた小銃を拾った。削った傷とわずかなヒビが入っている。  子供達の一人である加藤は雅彦に怒りを覚え、小銃のロックを外して雅彦の背中に向けて撃った。プラスチックの弾が雅彦に当たった。  雅彦は弾が当たった感覚がして、子供達の方を向いた。子共達は一斉に逃げた。子供達を追いかける気だったが、洋介が雅彦の手を引っ張って止めた。  洋介は子供達が去ったのを見て、笑いをこらえた。  雅彦は洋介に目線を合わせた。「いじめは嫌なら嫌だって明確に言わないとつけ込んでくる。勇気を持つんだ。二度とお前を利用する連中と遊ぶな」雅彦は洋介を諭した。  洋介は納得しかねたが、渋々うなづいた。  雅彦は公園から去った。  洋介は手に持っている拳銃を落胆した表情で見つめた。  雅彦は倉庫に来た。  倉庫はシャッターが開いていて、人が集まっていた。仲間達の一人に秋元がいた。  秋元は雅彦に気づき、手招きをした。仲間達は雅彦の方をを向いた。  雅彦は仲間達を恐れつつ、秋元に近づいた。  秋元はテーブルに置いてある広報誌を手に取り、仲間の一人に渡した。仲間達は広報誌の表紙を見た。写実な花の絵が描いてある。「話をしたろ、絵を描いている石川雅彦さんだ」  高島が仲間達の前に出た。金色が混じった髪をしている。雅彦を見た時、一瞬顔が強張った。次に手を見た。左手の薬指に結婚指輪を付けていない。一瞬、いぶかしげな表情をした。  雅彦も高島を見て、一瞬眉をひそめた。 「話は聞いている。石川雅彦、さんだったか」高島はたどたどしく話しかけた。  雅彦はうなづいた。 「俺の名前は高島菜生だ。ご当地ヒーロー、マケナインプロジェクトの代表をしている」高島は握手を求めた。 「はあ」雅彦は曖昧に答え、握手をした。 「約束の時間から30分も遅れて来たが、理由は」 「初めて来たんだ、道に迷ったんだろ」秋元は高島と雅彦の間に割って入り、なだめた。  高島は秋元の方を向いた。「想定して早く出るのが普通だ」 「自分に甘い癖にか」  高島は鼻で笑い、テーブルに向かった。テーブルにはデザインを描いた紙が乱雑に置いてある。1枚の紙とファイルを手に取り、雅彦に資料を差し出した。  雅彦は資料を受け取り、描いてあるイラストを軽く眺めた。等身や人体のバランスを考慮していない。端には膨大な設定が書き込んであるが、イラストと矛盾している。  高島は雅彦の浮かない表情を見て、苦笑いをした。「俺達のアイディアの限界だ。用件は聞いているな」 「ヒーローのデザインをしてくれと」  高島はうなづいた。「ヒーローは1体分でいい、今のデザインと異なる奴で頼む。ファイルは貸す。設定は大雑把で尊重してくれればいい。細かい点は後付で調整する」  雅彦は眉をひそめた。 「無論、タダでやってくれなんて言わない。依頼の契約金とデザイン料は払う」  秋元は机に置いてあるボールペンを手に取り、空いているメモ帳に書き込んだ。 「いいよ、趣味でやってるんだろ」雅彦は適当に答えた。  仲間の一人は雅彦の言葉に険悪な顔つきになった。 「趣味でやってるなら、他人に頼まない」秋元は書き込んだ紙を雅彦に差し出した。  雅彦は紙を受け取った。『契約書』と手書きの見出しが付いた依頼内容が雑多に書いてある。 「今はお前だけしか頼りにできない、改めて頼む」高島は雅彦に頭を下げた。  秋元を含めた仲間達も、高島に倣って頭を下げた。 「わかった、やるよ。で、今日の用は終わりか」雅彦は高島に尋ねた。 「今日、お前に関する話はな」高島達は顔を上げ、奥に置いてあるカバンを持った。「俺達は軽く立ち回りを練習する、見学でもするか」 「稽古場があるのか」雅彦は高島に尋ねた。  高島は倉庫から外に出た。仲間達も荷物をまとめ、高島に続いた。  雅彦も高島に達に続いた。  高島達は土手に来た。  土手は舗装した階段や歩道を除き、草が生い茂っていた。  高島達は階段を登り、土手の頂上に向かった。  土手の頂上から、野球場とサッカー場と共に雑木林が見える。  高島達は階段で土手を登りきった。生い茂る草を踏み潰して下り、野球場とサッカー場の間にある遊園区域に向かった。  仲間達は雑談をしながらリュックサックを東屋におろし、服を脱いだ。服の下には運動着を着ていた。  秋元はカバンからスピーカーと本を取り出し、ベンチに置いた。  高島達はベンチの前に並び、体操の準備をした。秋元はスピーカーのスイッチを入れた。ラジオ体操がスピーカーから流れ出す。一斉に体操を始めた。  雅彦は高島達が真面目に体操をしているのを眺めていた。  ラジオ体操が終わった。  秋元はスピーカーのスイッチを切り、筋力トレーニングを始めた。  高島達の息が徐々に上がっていく。筋力トレーニングを終えると本を手に取り、内容を元に殺陣の練習を始めた。殺陣は本の受け売りでぎこちなかった。  殺陣の練習を終えた。疲れが高島達に出ていた。  高島は息が上がった状態で東屋に向かった。雅彦も合流して共に向かった。「動きは」雅彦に尋ねた。 「子供のチャンバラよりひどい」  高島は笑い、仲間達は苦笑いをした。「プロに比べれば、落ちるのは仕方ない」仲間達をなだめた。  仲間の一人は、カバンからペットボトルを取り出して中身を飲んだ。  雅彦は周囲を見回した。「まだいないと駄目か」 「お前はお前の事情がある。好きな時に帰っていい」 「わかった、今帰る」雅彦は席を立った。 「付き合わせて悪かったな」  雅彦はうなづき、河川敷から去った。  高島達は再び練習を始めた。
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