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彼にしがみつくと、彼は俺の背を抱いて支えてくれた。
「あ、……」
そのスーツに鼻を押し付けると、とてもいい匂いがして、そのことしか考えられなくなる。これがほしい。もっとほしい。早くほしい!
「もっと、……ほしい」
「……だろうな。私も、……誘発されている、これはまずいな、……」
彼がスーツの前ボタンを一つ外して、その隙間に俺を抱きよせてくれた。彼からはとてもいい匂いがした。
俺のうなじをなで、旋毛に額を押し付けて、彼が口を開く。
「……いいか、選択肢は三つある」
「ん、ん、いい匂い、は、あ、……」
「まず聞きなさい。おい、……聞いてからにしろ」
匂いを嗅いでいたら首根っこ捕まれてひきはがされる。なんでと思いながら見上げると、彼は真面目な顔で「三つだ」と言った。
「あ、う、みっつ、う?」
「そう、一つは病院に担ぎ込まれる。安牌でお勧めの選択肢だ。二つ目は市販の薬を飲んで、……おい、嗅ぐな。聞けって……」
引き剥がされたくなくて、背伸びして彼に抱きついてその首に鼻を当てる。勝手に涙がこぼれ、勝手に体が震え、全身が熱い。熱くて、辛くて、苦しいから、このいい匂いのものから離れたくない。離されたくない。もう一秒だって耐えられない!
「きみ、いいか。落ち着いて聞け。三つ目の選択肢は……」
「はやく、ね、……、もういいだろ? 三つ、わかった、から、……はやく、これ、ほしい、……いい匂い、……ちょうだい、……なあ、いいだろ?」
彼は俺のひざ裏を腕ですくい、姫抱きにした。俺はより彼にしがみつきやすくなり、嬉しくて彼の耳の裏に鼻を寄せる。いい匂いがする。甘くて、柔らかくて、涙がこぼれる匂い。
「………じゃあ、私と来るか?」
俺が頷くと、彼はクスリと笑った。その笑い方が、少し怖い感じがした。けれど体が熱くて苦しくてたまらないから、そんな『怖い感じ』なんてどうでもよかった。
「いく。つれてって。離さないで……」
――熱さに溺れ、落ちるように俺はそこで意識を失った。
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