第三話 記憶にない記録 *

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「避妊、した?」  Ωの発情期は妊娠率がかなり高い。特に男のΩは発情期にしか妊娠せず、番相手であればその妊娠率は五割を越えると言われている。  成亮さんは真剣な顔でうなずいた。 「した。それはもちろん、……あっ!」 「え?」  今、完全になにかやらかしたことを思い出した声をあげた成亮さんは、「なに?」と俺に聞かれだらだらと冷や汗をながし始めた。その顔色は紙のように白く、もう聞くのをやめてあげたい気持ちになったが事が事なので「なに?」ともう一度聞いた。  成亮さんはプルプルしながら口を開く。 「……、……その、……」 「うん?」 「と……、私はαとしても特殊な、その、……性器をしていて、ラット(発情)するとその、……トゲが出るんだ、……」 「トゲ……?」 「だからゴムはしていたんだが、その、……私は、……きみを噛んだときに、……もしかしたら、……」 「……、子ども、できちゃった、ってこと?」 「一概に、そうとは、……ただ、その、可能性は……」  俺が絶句していると、彼は、はっと気がついたように立ち上がった。 「病院に行こう! すぐ……、すぐ行こう! 救急で行こう、なにがあってもまだ間に合うから、コウタくんは……その格好でいいからすぐ、行くよ!」 「……わかった」  発情してから三日も経っているからもう無意味じゃなかろうかと思ったが、それを言ったら彼は泣きそうな気がしたので大人しくついていくことにした。  彼の車の助手席に乗り、彼の運転で彼のマンションを出る。車は高そうで、助手席はフカフカ。彼のマンションは二階までしかなく、ものすごく横に広く、高級住宅街のど真ん中にあった。 「成亮さん、お金持ちだね……」 「独身だったから金が余ってるだけだ。コウタくん、かかりつけ医は?」 「いるにはいるけど、俺のことずっと『多分βじゃね?』としか言わなかった人だからあんまり信用できないかも」 「だったら私のかかりつけ医でいいね。近いからすぐだよ」  運転する彼の横顔は真剣そのものだった。穏やかな笑みはなく、慌てている様子だ。それを見ながら、とんでもないことに巻き込んでしまった、と思う。 「……成亮さん、ごめんね」 「え? なにを謝る?」 「俺のせいで……そんな慌てさせて……」 「いや、慌てているのは私の勝手だろう。きみのせいではない。というか、……慌ててはいるが、……もしこれで子どもができていたら、それはそれでいいな、と思っている」 「……え?」 「そのぐらいには、私はずるい男だからきみが気に病むことは一つもない。プロポーズはあとでちゃんとさせてくれ」  彼が横目で俺を見てクスリと笑う。それだけの仕草が色っぽく、確かにずるい男に見えた。 「……あのさ、俺ヒートの時全然覚えてないから、……成亮さんのこと、教えてくれる?」 「もちろん。なんでも聞いてくれ」 「そうだな、……何歳?」  彼はキュッと口を閉じた。 「成亮さん?」 「よりにもよってそれを最初に聞くのか……」 「いや一番無難な質問じゃない?」 「……42」  俺は頭の中で42から19を引いたり、60から42を引いたり、42をひっくり返して24にしたりした。それから口を開く。 「若作り……」 「してない! αは老けにくいんだよっ」 「三日三晩……」 「うっ、それは確かに自分でも今どうかとは思ったが……枯れてないんだから仕方ないだろ!」 「可愛いな」 「……へ?」  彼がこちらをチラリと見る。だからその目と目を合わせて、笑った。 「俺の番、可愛いんだな。よかったー、成亮さんで。すごい安心」  俺の言葉に彼は絶句し、真っ赤になった。だから俺は彼の肩を叩いて「しっかりして、ちゃんと運転してよ」と笑ってしまった。
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