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第一話 不運も運命の内
「安定の赤信号……」
物心ついたときから俺――前園光太は運がなかった。
いつも信号は目の前で赤になり、遠足は雨で流れ、受験当日にはもちろん風邪をひく。それらひとつひとつに、『歩く速度が悪いのだ』とか『天候はお前のせいじゃない』とか『生活習慣が悪い』とか言われても、要するにそれが『運が悪い』ってことだ。だって他の人は歩く速度なんて気にして生きてないし、遠足は雨にならないし、受験当日に風邪をもらったりしない。しかも大学受験当日におたふく風邪なんて、生活習慣というか、もう……『運がない』のだ。
それだけじゃない。子どものときから誘拐されたり、事故に遭ったり、酔っぱらいに襲われたり、……俺はトラブルに巻き込まれやすい。とにかく『運がない』。
だから赤信号にひっかかっても『安定の赤』としか思わないのである。悲しい慣れだ。俺は信号が変わるのを待ちながら、『もしかして第二性診断結果が不明なのも、マジで運がないだけなんだろうか』といつものように悩む。
第二性、α、β、Ω。
αは男女問わず繁殖能力が高く、またそれにともない社会適合者が多いと考えられている。多くを孕ませるために人間社会にとって魅力的なものになりやすい性別なのだそうだ(もちろん例外もいるらしいけど)。
βは最も多い第二性で、他者の影響を受けやすい性別と考えられている。社会に調和を持たすために、共感性が高くなるのだとか(もちろん例外はめちゃくちゃいる)。
Ωは一番数が少ない第二性で、男女問わず妊娠ができる臓器を持っているらしい。その臓器の影響で月に一度ぐらいのペースでヒートがあり、繁殖能力の高い人によく効くフェロモンを出してしまうそうだ。特に『運命』とされる唯一のα性の人に劇的に効くフェロモンを分泌するようになるらしい。とはいえ、今はよいフェロモン抑制剤がたくさんあるから、そこまでトラブルにはならないらしいけど(これももちろん例外はある)。
さらにαとΩには番という、婚姻関係よりも強い関係性がある。Ωが同意した上でαにうなじを噛まれると、Ωは生涯そのαとしか生殖が行えなくなる。またαも生涯そのΩを守ろうとするらしい。実際、番になっている人はほとんどいないからよく知らない。まあ、生涯解除できない関係なんて思いきらないとなかなかできないだろう。
そして、この第二性の影響は第二次性徴を迎えると強く出始める。例えばαであれば身長が伸びたり性器が成長したり集中力が増したり、Ωであればヒートの予兆としてフェロモンが分泌されたり下腹部の痛みを訴えたりすることが多いらしい。βはそういった特徴がないので、第二性の影響が見られない場合は第二性診断を受けていなくても多分βだろうとされる。
だから多分、俺もβなのだろうが、……『不明』と診断されるのは、診断を受けていないのとはまた別の話である。
そんなことを考えてたらようやく信号が青になり、俺は大学に近づくことができた。しかしその後、列をなして目の前を横切る黒猫に邪魔されたり、迷子の子どもと遭遇したり、貧血起こしたご老人に遭遇したりで、結局大学についたのは三十分後だった。
地図アプリによると徒歩十分のところにある大学は、俺にとってはいつも三十分なのである。だから早めに家を出ていた俺は、なんとか授業には間に合った。
一限目の『生物学』を聴きながら、『早く不明から抜け出したいなあ』といつものことを思う。どれでもいい。でもどれかでいたい。この世界に属したい――十九歳らしい青い悩みだと自分でも少し思った。
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