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「三合食べきったか……、もう少し食べるかい? それとも満足したかな?」
「はい、腹一杯です。ごちそうさまでした!」
「いえいえ、こちらこそ」
「こちらこそ?」
妙な言葉に彼を見ると、彼は「さて」と口火を切った。
「説明しよう」
「あ、はい」
俺が姿勢を正すと、彼は優しく微笑む。
「三日前にデパートで私たちが出会ったことは覚えているかな?」
「はい、香水売場のところで」
「そう。そのとき私はきみから、……Ω特有のフェロモンを嗅ぎ取っていた。それもヒートに近い強烈なものだ」
「……Ωの、フェロモン?」
「だからフェロモン抑制剤を飲み忘れているのかと声をかけたんだ。ヒートに慣れていない子はたまにそういうことがあるからね。でも、きみが振り返った瞬間に、『運命だ』とわかったんだ。だから、私は……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺が止めると彼は言葉を止めて「わからないところがあったかな?」と聞いてくれた。学校の先生みたいだ。
「えっと、その、俺、第二性が不明なんですよ?」
「あぁ、そう言ってたね。後で病院で再検査してもらおう。ただ、間違いなくΩだ」
「え、Ω!? え、俺、Ωなんですか!?」
「そうじゃなかったら、ヒートは起こさないし、……番にはならない」
「番!? ……え、嘘、番って……」
彼がため息をついて自分のうなじを指すので、彼のうなじをじっと見る。きれいなうなじだ。ホッとする。
「ちがうよ。私はα、そしてきみがΩだと言ったんだ。見るべきは私ではない」
彼が俺の首を指差した。
だから恐る恐る自分のうなじを触る。ペタ、と怪我をして、治りかけているような感触と、明らかに皮膚がへこんでいる箇所がある。それは、言われてみれば歯の形をしているような気がした。
「俺、噛まれてるの、これ……?」
「……噛むときに同意は取ったが、……冷静になると酩酊している子をレイプしたようなものだな、これは……」
「え、いや、え……だって番って、死ぬまで解除できないんじゃ……」
「そうだよ。……だから噛んだんだ」
彼は立ち上がり、俺を見ながら歩いてきた。彼はじっと俺を見たまま、俺の足元に膝をつく。
「きみを生涯私のものにしたい。そう思ったから噛んだ」
「そんな、……だって、俺、そんな、……自分のことも全然わからないのに、いきなり、番なんて……一夜の相手なら、百歩譲ってまだわかるけど、……でも、番って……し、成亮さんだって俺のことなにも知らないでしょっ! だって生涯なんだよ、これ!」
俺の声は裏返っていた。そんな俺の手が握る。その手の感触を、記憶にないのに知っている気がした。
「私は確かにきみのことをよく知らない。でもきみより長く生きていて、……行動すべきときは知っている。だから、責任を取らせてほしい」
俺は絶句した。
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